2009年9月27日日曜日

「不要」の効用

 ときどき、県内各地の商工会議所や商工会などで開催されている、創業塾とか経営革新塾に顔を出させてもらっています。
 事業計画の作成演習などは、はんわしのようなオブザーバーが受講するのは荷が重いので、もっぱら座学の聴講が多いのですが、これからビジネスを始めようという人に向けた、日本経済のトレンドの講義とか、ビジネスチャンスの発見方法や発想法についての講義などは、日々の仕事でも大変参考になるものが多いと感じます。

 先日聞いたのは、「不要の効用」というものです。
 はんわしも中年にさしかかり、自分でも気づかないうちに日常生活はルーチン化しています。変化がなくなっています。

 平日は、毎朝同じような時間に起き、同じ道を通って駅に行き、同じ電車に乗る。

 職場では同じ顔ぶれで毎日同じような仕事をする。

 帰りはギリギリまで職場にいて、寄り道もせずさっと帰る。たまに行くとしても同じ本屋とか飲み屋。

 これでは新しい発想はなかなか生まれてこないので、たまには、自分が全然関心のない分野の音楽も聴いてみる、映画も見てみる。若者しか行かないようなテーマパークにも行って見る。
 決して無理をする必要はないが、普段行かない場所で普段は受けない刺激を感じると、ひょっとして独創的なアイデアも生まれるかもしれない。
 そんな話でした。

 これは、人口が少なく(したがって、どうしても顔見知りの割合が多くなる)、移動手段はクルマだけ、行くのはショッピングセンターだけという田舎に住む人間こそ、おおいに心がけなくてはならないことのように思います。
 昨日は、いつもは近鉄の急行で行く経営革新塾の会場に、あえて普通列車で行ってみました。ガラガラで空いているのはありがたいのですが、何しろ止まる駅、止まる駅、誰も乗ってこないし、近鉄は人口減少社会で経営を続けていけるのかと心配になってしまいました。これも新しい発見といえばそうなのでしょう。
 しかし、移動時間が急行の2倍くらい余分にかかってしまうし、何より数駅ごとに特急だの急行だのに追い抜かれてフラストレーションもたまるし、こんなささやかな「創造のための不要」も、果たして今後続けられるか不安になったりしたのですが。

 よく、これからは物質の豊かさでなく、心の豊かさこそが大事だ、と言われ、そのことはよくわかるのですが、急行が頻繁に走っているという「物質的な豊かさ」がないと、目的地にスイスイ着くという「心の豊かさ」も感じられないのではないでしょうか。心の豊かさ「だけ」がある社会って、実際は成り立たないのではないでしょうか?
 一方で低炭素社会とやらを目指す中で、クルマの利用ができなくなる(例えばガソリンや自動車に対して炭素税や環境税が課税されて、誰もが車を使える時代でなくなる)と、生活スタイルは、いやおうなくこんな感じに変わっていくのかなあ、と思ったりもしました。

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