2012年2月8日水曜日

歌謡曲から「昭和」を読む

 歌謡曲の作詞家として数多くの名曲を生み出し、現在は小説家やテレビのコメンテーターなどとして活躍している、なかにし礼さんによる昭和歌謡史です。(NHK出版新書)

 わしのような40歳代(1960年代生まれ)は、子どもの頃のテレビは歌番組の全盛期であり、男女の情愛を描いた歌詞の内容などよくわからないまま、いろいろな歌謡曲を口ずさみ、自然にアタマに刷り込まれていった世代でもあります。
 なので、本書に出てくる、特に昭和45年以降の歌手やヒット曲の多くは、ほぼリアルタイムで体験しているので懐かしく、面白く、一気に読了することができます。

 なかにしさんの定義によれば、歌謡曲とは「ヒット(流行)を狙って売り出される商業的な歌曲」の総称です。

 したがって、「いかに素晴らしい名曲でもヒットしなければ何の価値もなく、自分はひたすらどうすればヒットするかだけを考えて作詞してきた」のであり、
 「歌謡曲は流行が目的なので、日本民謡や西洋民謡・西洋古典音楽・ジャズなどのごった煮(融合)であって、‘演歌’とか‘ニューミュージック’とか、はては‘軍歌’などといったジャンル分けには意味がない」のです。
 そして、全国民が等しく口ずさむ共通プラットフォームとしての歌謡曲は昭和の終焉とともに使命を終えており、平成の今、もはや歌謡曲は存在しないのだ、と結論付けます。
 文化論として興味深く示唆に富む考察です。

 特に、はんわしにとって興味深かったのは、なかにしさんが現場から観察した「ヒットを生む仕組み」の変遷についてです。
 先ほど「軍歌」は歌謡曲であるというなかにしさんの言説に触れましたが、軍歌は国民の戦意を鼓舞するために、ヒット(=全国民に膾炙すること)が宿命づけられています。
 当時一流の作家(作曲家・作詞家)が楽曲を提供し、一流の歌手が歌う。これゆえに軍歌は「軍国歌謡曲」と呼ぶべきものであって、実は「ヒット曲を生み出すための定石」が戦時中のこの時代に成立します。

 戦後、この手法はレコード会社の専属作家制度に引き継がれ、美空ひばりさんや石原裕次郎さんのような大スターを多く生み出しました。しかし、次第に専属制度は硬直化し、クリエイティブな歌謡曲作品が生み出されなくなってきます。
 代わって昭和30年代に台頭してきたのが音楽出版社制度です。作家はフリーになり、自由に作った楽曲を音楽出版社が認めると、その企画をレコード会社に持ち込んでレコード化するものです。テレビ放送が本格化したことも重なって、フリー作家・出版社・レコード会社のトライアングルにより歌謡曲は全盛期を迎えます。坂本九さん、ザ・ピーナッツといった歌手たちの登場です。
 やがて、GSブームや、フォークソングの流行、ニューミュージック、J-POPなど新しいスタイルは次々出てきますが、これらはすべて出版社制度の延長であり、アバンギャルドをウリにした歌謡曲に過ぎないというのがなかにしさんの見立てです。

 しかし、平成に至ってとうとう歌謡曲は終焉を迎えます。
 CDの登場という技術革新と、マスから個への社会の変質です。このあたり非常にエキサイティングな分析が続きますので、ぜひ本書を読みください。

 余談ですが、「スター誕生」とか「君こそスターだ」などの一世を風靡したオーディション番組も、成り立ちが種明かしされています。
 なるほど、世間ってこういうことだったのか、なんて再発見したのでした。 

(補足)
 軍歌・軍国歌謡曲については、山中恒さんによる「ボクラ少国民と戦争応援歌」という非常に優れたエッセイが朝日新聞社から出ています。こちらもおすすめです。

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