2012年5月24日木曜日

日本に求められるのは法律インフラの充実

*****テクニカルな内容なので法律に関心がない方は無視してください*****

内田貴著「民法改正 -契約のルールが百年ぶりに変わる-」(ちくま新書)を読了しました。
一般国民が日常生活を送る上でかかわる法律上の行為における、原則的な規範を定めた法律が民法です。
人は誰でも、日々の買い物から不動産の売買、お金の貸し借り、結婚離婚、相続など森羅万象あらゆる法律行為と隣り合わせて暮らしています。その意味で、国民に最も身近で、重要な法律だといえます。

しかし、日本の民法は明治29年に制定されてから、戦後に大改正があった親族・相続編は別として、総則、物権、債権という大部分の規定はほとんど変更されることなく、明治時代の規定がそのまま今も使われています。



法制定当時の明治政府にとっては、欧米列強の強権によって結ばされた不平等条約を解消するのが大命題でした。このため、それまでの日本独自の法制度や慣習を半ば無視して、ヨーロッパ風の「近代的な」法制度を導入することを急いだのでした。

このように、国民のためというより国家のメンツのために作られた民法は、一握りのエリート法学者がフランスやドイツの民法典をほぼ直訳し、日本にそぐわない部分などについては大胆に割愛して条文化したものでした。
内田さんによれば、そのためか、日本の民法は手本とした独・仏法に比べて条文の数が極端に少ないことが大きな特徴だということです。(日本民法は全部で1044条。フランス民法は2488条、ドイツ民法は2385条もあります。)
当然ですが、民法とはある法律的なトラブルが発生したとき、誰もが条文を読んで、どう解決すべきかの規範になる法文でなくてはなりません。ヨーロッパではこのため、規定がこと細かになっているそうです。

しかし日本民法は極めてシンプルな条文で、一般国民が法文を読んでも、意味がよく分からないということが頻繁に起こります。法律を解釈するためには独・仏の学説を参照しなくてはならず、法文には全く書いていないことが裁判官や弁護士など法律専門家の間だけで通用する解釈をされることが日常的になります。

もともと、日本人は紛争を裁判で解決することを好まない傾向もあって、民法は国民生活と離れた存在になってしまいます。このことが、明治以来変わらない旧態依然とした民法がいまだに生き残っている遠因でもあります。つまり、専門家にさえ理解できたらそれで用は足りたのです。

ただ、これはいかにも21世紀の民主国家にはそぐいません。主人公の国民が理解でき、活用できる平易で丁寧な条文に改正することが求められているゆえんです。
また、19世紀に作られたために、消滅時効(原則は10年だが多数の複雑な例外規定がある)や、法定利率(年5%!)など今では不合理な規定も数多く残っています。
されに、約款とか、サービス契約など、明治時代にはまだ普及していなかった事柄にも現在の民法はうまく対応できません。

このため、諸外国では民法の改正はわりと多く行われるそうです。ようやっと日本でも法制審議会の部会で審議が行われているとのことです。叡智を集めて早急に取り組んでいただきたいと思います。

重要なのは、内田さんも指摘するように、これから一層進むグローバル化に対応する意味でも、民法改正は大きな意味を持つということです。日本企業が海外取引を行う場合、自国の日本法に準拠すれば費用や時間が節約できるばかりでなく、自社の法的リスクの判断も容易です。しかし海外の企業からは、日本の法律はわかりずらく外国語にも訳しにくいブラックボックスなので、契約準拠法には不適切だと主張されることも多いそうです。
日本の企業、特に中小企業の海外展開を支援する上でも、諸外国に比したグローバルスタンダードな民法典の改正は重要なのです。

相変わらず、政府は日本再生戦略なるものを策定するなどと言っているようですが、エネルギーだの環境だの、特定の産業をターゲットにして研究開発費をバラ撒く産業政策は失敗の連続でした。また同じ愚を繰り返すのでしょうか。
そうではなくて、企業が自由に、フェアに競争できる経営環境を整えることが政府の役割であり、政府にしかできないことです。今の日本の法制度の不備は、さまざまな局面で指摘されています。政府はこのようなことこそ力強く推進すべきです。

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