2012年11月14日水曜日

先に行った人へ

 わしも、若いときに比べて疲れやすいとか、すぐ腰が痛くなるとか、日々体力の衰えや気力の衰えを感じる時が多くなりました。
 しかし、老いへの不安は、何よりも学校の同級生や職場の同期生の訃報に接した時に極大化するようです。

 同期に入庁した友人の死を知りました。

 三重県庁では、新人は2年間本庁に勤務した後、次の5年間は出先機関に転勤する不文律があります。しかも最初の3年間は、原則として自宅から通えないような遠方の出先への転勤です。彼の場合はそこが尾鷲か熊野だったと思います。

 3年後、出先から戻ってきて、同期生の飲み会か何かで会った時、「尾鷲(熊野?)に行って考え方が変わった。県庁職員たる者、一度は絶対に東紀州勤務を体験せなあかん!」と力説していました。
 実は、わしは3年間、自宅から通える近い出先への勤務だったので、その時、何だか引け目を感じたことを今でも記憶しています。(それから10年近くあと自分も尾鷲に転勤になって、彼の持論に強く共感することになったのですが。)

 その飲み会から数年後、再び会ったときは、自分から希望して福祉の担当課に変えてもらったのだ、と言っていました。実際にそれ以来、彼はほとんど一貫して福祉事務所の勤務でした。
 いかなる心境からそれを望んだのかは聞きませんでした。何か深い事情があったのかもしれません。
  高齢者とか、障がい者とか、難病患者とか、複雑な家庭環境の親子とかに深くかかわっていく、表現は悪いですが「泥臭い」福祉の現場は、もちろん人によって向き不向きはあると思いますが、普通なら敬遠しがちであり、もっと恰好よくて日の当たる仕事を望むだろうからです。

 しかし、そのように困難な、けれども誰かが必ずやらなくてはならない仕事だからこそ、県民から県にその業務が付託されているわけです。多くの県民が額に汗して得た稼ぎから税金を払う理由は、その使い道が、福祉とか、医療とか、教育、防災、防犯、治山治水などなど、要するに、誰にとっても大事だが民間ではすることができない仕事を公務員にさせるためだからです。

 ただ、児童の虐待や、高齢者の孤立死のニュースを聞くたびに、あるいは、無駄としか思えない役所の事業を目の当たりにするたびに、県は色々な仕事に戦線を拡大しすぎて、本当に注力すべき分野を見失っているのではないかとも思います。
 これも老いなのかもしれませんが。

 彼は先に行ってしまった。
 彼とはもう二度と話せないし、姿を見ることもできません。
  現場が長くなった彼なら福祉の現状をどう考えており、三重県の福祉政策にどんな意見を持っていたのでしょうか。
 間違いなく早すぎたその死を知って、強くそう思ったのでした。安らかに。

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