2012年11月23日金曜日

最近、個人的にこんがらがっていること

 先日、三重大学工学部の学生さんによる四日市コンビナートの見学会&先輩社員との意見交換会というものがありアテンドしてきました。
 これは産官学で構成する協議会が開催したもので、コンビナート企業のいわば本業である「化学」を専攻する学生でなく、電気電子や機械を専攻する学生を対象に、コンビナートの膨大な精製プラントを維持管理し、安全で良好な運転を支えるために電気電子や機械の技術者が多数活躍している現状を知ってもらい、将来の人材確保につなげることが狙いでした。


 参加した学生の多くは、今まで景色として見たことはあっても、おそらく深い関心がなかった四日市コンビナートの現場を見学し、石油化学産業への理解を深めていたようでした。

 この見学会は、四日市市が事務局的な役割を果たしたほか、ほぼ全面的にコンビナート企業と三重大学による自主的な参画で成り立っています。
 本来、産業の振興や雇用の拡大といった課題に関しては、このような「当事者(企業)による自主的な取り組み」を行政がサポートしていくのが好ましい姿だと思っていますが、その好例だと感じます。

 しかし、世間一般では「企業の自主的な事業活動にゆだねていては、過当競争で経済が成長しない。日本が競争力を維持するためには成長産業を選択して国や自治体が企業のリソースをそれに集中するように導くべきだ!」という意見が驚くほど多いのです。
 これをどう考えたらいいのでしょうか。

 基本的には国や自治体(広義の政府)が経済をリードするのはその国が発展途上の段階にはうまくいきます。明治時代の「殖産興業」政策や、戦後の「傾斜配分」政策は一定の成功を収めています。
 しかし、経済規模が大きくなり、事業活動が複雑化、多層化、広域化してくると計画経済はことごとく行き詰まるのが歴史の教訓です。

 今のような閉塞状況では、誰かが現状を「突破」しなくてはいけません。
 ただ、わかっていても誰もやらないので、ここで政府の出番となり、新産業創造のために再生可能エネルギー分野や医療福祉介護分野、素材分野などに選択と集中せよという声が高まってくるのでしょう。
 しかしながら、このブログで何度か問題提起しているように、政府が成長戦略に書き込む段階で、その成長産業とやらはすでにとっくに世間に認知されており、大企業の多くはそれに向かって走り出しています。中小企業も日本にはたくさんあるので、すでにとっくの昔から当時はニッチ分野だった、今では成長産業に取り組んでいる企業は存在していて、ニューカマーが新規参入することはほとんどできません。
 仮に成長産業が成長し、大量生産のステージになっても、今は量産は人件費の安い海外で行うので、国内の投資や雇用の増加にはつながりません。

 政府がリードせよという意見を持っている、わしの身近にいる論者を突き詰めていくと、結局は「アメリカとかヨーロッパ諸国もそのような成長戦略を作っているから(日本も作らないと・・・アカンのじゃないか?)」みたいな結論に至ることが多いのですが、これってやはりおかしいのであって、企業のチャレンジは自主的・自立的に行うべきであり、公的債務保証などのセーフティネットは整備するとしても、基本的にリスクは企業とか出資者が負う(政府が負うのでなく)のが正しいと思うのですが、どうなんでしょう?
(そのために、政府がやることは規制改革とインフラ整備、減税や透明な金融市場などの競争環境の整備だと思います。) 

 コンビナート見学会の話に戻ると、これも時々わからなくなることがあります。
 若者も就職内定率が低いのが社会問題になっていて、これは確かにその通りです。一方で、高齢者の雇用確保(定年延長、再就職)ももちろん大事だし、日本で特に深刻な子育て世代の女性のスムーズな復職も重要な問題です。それらに優先順位を付けるのは難しいことです。

 今回たまたま大学生を対象にしましたが、実は女性にも、外国人にも、高齢者にもふさわしい人は探せばいるのかもしれない。(いないのかもしれないけど。)
 だとすると、学生、シニア、女性、とターゲティングするのではなく、やはり全般的な雇用創出策が一番大事だという、当たり前の結論にならざるを得ないと思うのですが、どうなんでしょう? 

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