2012年12月20日木曜日

伊勢慶友病院が移転、跡地活用は未定

 伊勢市にある伊勢慶友病院が、現在地から2kmほど離れた旧山田赤十字病院の跡地に、来年中をメドに移転することが公表されました。
 旧山田赤十字病院は、今年1月、伊勢赤十字病院と名称を変えて別の場所に新築移転しており、跡地は現在は空き家になっているので、伊勢慶友病院の移転入居はいわば「居抜き」ということになります。

 
 実は、この移転話は地元伊勢ではかなり有名であり、伊勢赤十字病院が竣工する前後、わしも知り合いから「日赤の後には慶友が入り、慶友の後にはスーパーが入居するのだ」と教えてもらったことがあります。(あんた、まだ知らんの?という顔をされて。)

 伊勢慶友病院は10年ほど前に運営主体が変わって現在の名称になり、病床も療養型になっていますが、その前は脳神経外科が有名だった慶応大学伊勢慶応病院、さらにその前、わしが子供の時分は確か亀谷病院という名称だったと思います。

 そのころ、誰のお見舞いだったかは忘れてしまったのですが、亀谷病院に来たことがあり、敷地がゆるやかなカーブに面しているためか、建物の壁面も曲線になっている非常に独特な外観の建物であったことをはっきり覚えています。
  現在も建物は壁面の色が変わったりはしていますがそのころと全く同じであり、今、実際に中に入ってみると、廊下は狭く、天井は低く、全体的に手狭で、確かに「ひとむかし前の病院」という印象は拭いきれません。

 旧山田赤十字病院はここより何倍か広い建物ですし、何より駐車場が広いので、クルマ社会である伊勢市とその周辺地域においては、明らかに利用者の利便性は高まることと思います。

 ただ個人的には、狭い敷地に建っている伊勢慶友病院がここから消えてしまうのは(まだ解体と決まったわけではないようですが)大変残念な気がします。 見慣れた街の光景が大きく変わってしまうでしょうし、何よりも伊勢慶友病院に隣接して周りに広がっている、うらのはし(浦之橋)商店街が大打撃を受けることは間違いないからです。

 うらのはし商店街は、伊勢銀座新道、伊勢高柳と並ぶ伊勢市の3大商店街の一つですが、これといった特徴はないものの、病院との相乗効果でいつ行ってもそこそこ人出があって、そこそこにぎわっている場所でした。ここの衰退につながることは街にとっても大きなダメージです。
 狭く込み入った場所なので、おそらく大型の商業施設や同じく病院という跡地利用は難しいと思います。せっかく利便性が高い場所なので高層マンションなど、住民の中心市街地回帰につながり、活性化に貢献できる方法をぜひとも模索してほしいと思います。

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