2013年7月28日日曜日

ヨーロッパ映画風だった「風立ちぬ」

 今話題のスタジオジブリの映画「風立ちぬ」(宮崎駿監督)を見てきました。
 ジブリ作品はもともと(わしにとっては)難解なストーリーが多いのですが、この風立ちぬは創作とはいえ明治末期位から昭和初期にかけての日本での実話をベースにしており、現実的な内容です。小さな子供を連れていくと、時代背景に着いていけず退屈することと思います。つまり完全に大人向きの作品です。

風立ちぬ 公式サイトより

 ストーリーはネタバレになるので書けません。
 しかし、昭和史を勉強しておくと、スパイ事件などいろいろ伏線になるサイドストーリーも楽しめると思います。
 堀辰雄の小説も読んでおくといいかもしれません。ただし、間違っても松田聖子の曲は聞いて行っても役に立ちません。小説のほうです。



 セリフが悲しいほどに棒読みで、とても秀才とは思えなかった主人公ですが、この堀越二郎は実在の人物です。
 日本の航空機産業の黎明期に東京帝国大学で航空学を学び、帝大航空研始まって以来の俊英と呼ばれ、卒業後は三菱航空機に入社。軍用機の設計に従事し、帝国海軍の九式戦闘機(映画の最後に出てきたもの)、そしてかの有名な「ゼロ戦」こと零式艦上戦闘機を世に送り出しました。

 話の中でも出てきましたが、堀越自身は純粋な技術屋で、自分が実質的に侵略戦争に加担しているという意識はそれほどなかったのかもしれません。敗戦後いったんは失脚した彼も、すぐに航空機業界に戻り、昭和57年に死去するまで第一人者として君臨しました。

 堀越の設計した名機ゼロ戦は当時にしては世界最高の性能を持ち、他国を圧倒しました。しかしわずか1~2年で急速に陳腐化します。
 その理由は木村英紀氏によれば、「エンジンや機体の性能が極限でバランスを保っており、実戦での教訓を生かして改良しようとすると、設計をすべてやり直す必要が生じたこと」や、「ゼロ戦の機体形状は、名人芸の設計を反映して極めて複雑であり、多くの工数と熟練工が必要で量産が不可能だった」ことなどです。
 これは、日本がまだ大量生産の産業社会を迎えていなかったためで、近代的な総力戦には不向きな「職人芸の集大成」としての工業製品(兵器)をもてはやす考え方は、戦後のわが国製造業にいまだに引き継がれている特異な思想だということです。(「ものつくり敗戦」日経プレミアシリーズ
 不時着したゼロ戦の機体をリバースエンジニアリングした米軍が、その設計と加工技術の高さに驚嘆したと同時に、防弾設備があまりに貧弱なことにも驚いたのも有名な話です。
 
 当時の日本社会は貧しく、死因は断トツで感染症(伝染病)でした。栄養不良や公衆衛生の遅れがその大きな原因だったのです。
 その一方で、軍事費には巨額を投じて、戦闘機や兵器を開発する。その矛盾について、一人の登場人物が言及する場面があるのですが、それ以上の展開はありません。作品の中でもっと掘り下げればいいと感じましたが、そのあたりはまさしく政治的・歴史的な価値判断になりかねないので、宮崎監督としては慎重にならざるを得なかったのでしょうか。

0 件のコメント: