2013年9月3日火曜日

お白石持ち行事ボランティアを終えて

 今日は、晴れているかと思えば突然豪雨になり、それがやむと強い日差しが降ってくる、変わりやすい天気でした。
 そんな中、7月27日から9月1日まで、都合20日間にわたって行われた第62回神宮式年遷宮のお白石持ち行事「特別神領民」に関わる市民ボランティアスタッフの解団式が行われました。


 この特別神領民についてやボランティアについては、以前このブログにも書きましたので、詳しくはこちらを参照してください。わしも伊勢神宮の内宮と外宮で都合4回ボランティアしました。

伊勢神宮「お白石持行事」ボランティア募集(2013年5月18日)

「お白石持ち」ボランティアに行ってきた(2013年7月28日)

 合計で7万3千人もいた特別神領民の奉献は酷暑の中で行われたので、高齢者を中心に多数の熱中症が発生したことはやむを得ないことだと思います。それよりも、大きな事故もけが人もなく無事行事が終了したことは、御遷宮対策委員会をはじめ運営サイドの方々、そして2千人近くの市民ボランティアの努力の結果だと思います。本当に素晴らしいことだと思います。

 伊勢神宮の遷宮は7世紀から20年に一度、一時期の中断を除いて連綿と続いており、おそらく今後も続いていくでしょうから、次回は15年後にお木曳行事、20年後にまたこのお白石持ち行事が行われることになるのでしょう。
 よく言われることですが、遷宮のこの「20に一度」というのは本当に絶妙です。おそらく標準的な伊勢人の一生として、
 1回目 子供のころ、祖父母や両親、兄弟とともに参加
 2回目 青年~壮年期に達しており、配偶者、年老いた両親、幼い子供と参加
 3回目 老年期になっており、生まれたばかりの孫と参加
といったような、その人や家族の生涯の記憶 ~時おり困難はあったとしても基本的には幸せな~ とパラレルになって、刷り込まれているのです。まさに伊勢人のDNAです。

 驚くのは、伊勢神宮の式年遷宮にかかる一連の行事(一説には550億円以上の経費がかかる)は国や地方自治体の財政的援助を受けていない、純粋に伊勢神宮と民間主導による行事だということです。行政は形式的には警備や公共用地の占用許可などでコミットするに過ぎません。(もっともこれだけ大規模に住民が参加する行事なので、市の行政とは表裏一体となっており、企画や実施部分のマンパワーの面で市が一定程度参画しているのは事実ですが。)
 このような大規模な民俗行事が20年に一度続いているのは驚異的だと思います。


 ただし、これは遷宮というお祭りで皆が気楽に参加できるからであって、同じく大勢の動員が必要な防災避難訓練への動員だとかは伊勢市も他の都市と同様、決して熱心だとは言えませんし、子育て、教育、障がい者、国際化などの社会課題分野でも特別に市民活動が熱心なわけではないのは一方で事実ですが。

 しかし、さし迫って問題なのは、伊勢市も今後高齢化と少子化が急激に進み、遷宮の担い手が減少することが避けられないことです。

 伊勢市では「将来の伊勢市の姿」という人口予測を平成23年に公表していますが、これによれば2010年に比べて2030年には伊勢市の人口は約15%減少します。これを町丁別にミクロで見ると、旧市街地の中心部に当たる吹上一丁目が34.1%減、大世古二丁目が31.6%減など軒並み20~30%の人口減が予測されており、比較的減少割合が緩やかな郊外を別として、中心部では次回の奉献団結団は現実的に極めて困難(というか、不可能)なのは確実と考えられます。

伊勢市編「将来の伊勢市のすがた」P47より
奉献団の合併や共同奉曳を進めるとともに、地域外の住民や観光客を団員として参加させる方法を検討する以外、現在の規模を維持することはできないでしょう。

 歴史を振り返れば、現在のお木曳、お白石の奉献は、もともと税負担としての労働提供が発端であり、始まった当初は単なる苦役に過ぎなかったはずです。
 次第に祭事的色彩が強くなったのは江戸時代ころからで、長い伊勢の歴史の中ではむしろ最近のことです。ましてや、伊勢神宮の禁忌であった剃髪(スキンヘッド)や髭の参加者、もっと言えば女性の木遣りなどは戦後までまったくなかったことで、当時と見比べることができたなら、行事の細部はまったく異なっている(進化している?)のもまた真実だと思います。

 次回、2033年の第63回式年遷宮は、今回とはかなり違った内容になることでしょう。
 それが良いことか悪いことかはわかりません。わしがこの目で見届けられるかどうかもわかりません。

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