2013年9月4日水曜日

那智黒石 広辞苑誤記をチャンスにしては

熊野市物産振興会HPより 那智黒石工房仮谷梅管堂
 三重県熊野市からしか産出されず、三重県伝統工芸品に指定されている「那智黒石」について、
日本を代表する辞書「広辞苑」に、和歌山県の那智地方で産出する云々と、誤った説明が掲載されていることが伝えられました。

  那智黒石は高級碁石や高級すずりの原料となる漆黒色の緻密な粘板岩であり、採掘されるのは三重県熊野市神川町周辺のみで、実際にはこれまで那智地方で採掘されたことはないそうです。

  熊野市教育委員会によると、那智黒石は熊野古道の巡礼者らの土産品として販売されてきたため、明治期以降に土産としての需要が高まると、和歌山県那智勝浦町の「熊野那智大社」周辺でも販売されていたことから混同した可能性があるとの見解のようです。(毎日新聞より)
 熊野市は、1997年ごろに184種類の辞書・事典を調べたところ、多くに「那智地方産」などの表記があったため訂正を申し入れた経緯があるそうです。

 その際、ほとんどの出版社は表記の誤りを認めたものの、広辞苑を発行する岩波書店は「紙面のスペースに限りがあり、詳述は難しい。」などとして訂正しないまま現在に至っており、熊野市教育委員会の担当者は「熊野市の名前が出ないことは相当な違和感がある」と話しているとのことです。(東京新聞より)

 ただ、東京新聞が書くように、「一部は、熊野川を下って熊野古道・浜街道(熊野市など)に打ち上げられ、熊野古道を歩く巡礼者が、土産に持ち帰ったとされる。」という説もあるようです。
  わしも地元の方から、昔は熊野川から流れてきた那智黒石が海岸に打ち上げられていることがあって時々拾うことができた、という話を聞いたことがあり、たまたま熊野巡礼の参詣者が漆黒の奇石を海岸で拾い、それに宗教的な意味合いが付加されて、各地に那智黒石が広まっていったのではないかと推測します。
  
 「なちぐろ」「なちぐろいし」という語呂も良いと思います。人口に膾炙するのにはこのネーミングは決定的な役割を果たしたでしょう。これを今さら「くまのいし」だとか、江戸時代の呼び名「しんけい(神渓)いし」などと変名するのは現実的でなく、那智も含めた熊野(南紀)地域全体の資源として活用していくしかありません。
  むしろ、このような熊野にまつわるモノガタリは、熊野の外に住む観光客に熊野のイメージをアピールするのにむしろいい材料と捉えるべきです。

  熊野市に行くと観光施設では那智黒石の工芸品がお土産として大量に売られていますが、アクセサリーに加工する体験ができるのは「里創人 熊野倶楽部」など一部の施設に限られますし、実際に採掘や採取体験ができるところは皆無です。
  熊野市にはかつての紀州鉱山を記念する鉱山資料館があるほど鉱物には恵まれている土地なので、那智黒石も産地として大々的にアピールし、よく見ろ岩波書店! 那智黒石はここにある!」キャンペーンとして上川町の採掘現場の見学ツアーを限定10名でやってみるとか、熊野市、御浜町、紀宝町にまたがって広がる七里御浜で那智黒石探し大会を1日限定1万人でやってみるとか、いろいろイベ ントが仕掛けられると思うのですが。
  雄大な熊野灘の景色と波音を聞きながら、無限に続く砂利の浜を家族で那智黒石を探しながら散策するの、楽しそうじゃないですか。

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