2013年11月23日土曜日

伊勢のお寺巡り(不定期連載・その1)

 10月の式年遷宮以来、伊勢神宮への参宮客が目に見えて増加しており、外宮に近いと言えばまあ近い、わしの町内の周辺も、休みの日になると観光バスで道路は渋滞するわ、臨時駐車場から外宮に向かってお客さんがぞろぞろ歩道いっぱいに歩いているわで、昨年のちょうど今ごろとはまったく景色が変わってしまいっています。

 さて、伊勢にはもう何回か来ているけれど、有名どころ以外で、どこか珍しい観光スポットはないの?と聞かれることも多いので、伊勢では珍しいお寺巡りについてご紹介しましょう。(といっても、もちろんわしが書くのでマニアックです。)

 明治維新の頃、明治政府が伊勢で強力に推し進めたのが「神仏分離」、すわなち、江戸時代までの日本人には常識であった神仏習合(日本の神様は、仏様が姿を変えた化身であって、元々両者は一体であるという考え方)の明確な否定でした。
 その具体策が「廃仏毀釈」ですが、伊勢では他の地域よりも徹底して行われ、街道沿いのお寺はすべて破却を、僧は還俗を命じられ、それが実行されました。
 その後、行き過ぎた廃仏毀釈は是正されることになりましたが、今でも伊勢市の旧市街地には古いお寺や境内の大きなお寺が少なく、特に宇治地区(内宮の門前町)には今でもお寺がほとんどありません。

 廃仏毀釈の典型が、これからご紹介する(伊勢)妙見堂という祠です。

 もともと参宮街道沿いで、外宮から内宮に向かう途中、参宮客でにぎわい、遊郭や芝居小屋もたくさん建ち並んでいたという古市(ふるいち)に至る高台に、常明寺という天台宗の大寺がありました。
 妙見堂はその常明寺の境外仏堂であり、妙見菩薩像が祀られていました。建長2年(1250年)に日蓮が伊勢神宮に来たとき、妙見菩薩が姿を現し、その場にいた多くの人が目撃したとも伝えられています。

 このように霊験のある祠堂でしたが、廃仏毀釈で常明寺が廃寺となると、所有権が個人に移りました。その後も地元民を中心に崇敬を集め、菩薩像は重要文化財に指定されたりしましたが、経済的な理由のためか、妙見菩薩像は昭和31年、正力松太郎氏を通じて読売新聞社に売却されてしまいました。(現在、この像は東京のよみうりランドでお祀りされているとのことです。)
 さらに、あるじがいなくなった妙見堂の建物も平成3年に企業に売却され、長野県にある諏訪湖の森なるリゾート施設に移築されてしまいました。

 そして、その跡地も売却されようという時、日蓮宗関係の篤志家がこの場所を購入されたとのことで、現在は写真のようなお堂が再建され、顛末を記した看板が立っています。
 江戸時代は、高台にあった妙見堂は外宮から内宮へ向かう人の仰ぎ見る目印だったそうですが、今はひっそりと(よくよく見上げると見つけることはできますが)しています。



■妙見堂の所在地 三重県伊勢市岩淵三丁目7-30 (GoogleMapにリンクします)
 ※尾根にあって道が細いため、車では行くことができません。


 もう一つのお寺は、神護峯中山寺という臨済宗妙心寺派に属するお寺です。
 中山寺の創建は江戸時代初期とのことですが、運よく廃仏毀釈による廃寺を免れました。現在も子供のかんの虫封じや自動車の交通安全の御祈祷などで参詣者が多いようです。


 ちょうど一週間前の11月15日、国の文化審議会が、新たに登録されるべき国の登録有形文化財を答申しました。三重県内分としては4カ所11件が答申されましたが、この中山寺の本堂と経蔵、山門も答申されています。

 本堂(下の写真)は1656年の建築で、中央の仏間の周囲に二列三室の座敷を配置するなど江戸前期の臨済宗寺院の様式を忠実に伝えているとのことです。


 また、土蔵(下の写真の左側の建物)は1702年の建築で、外壁の下部は板張りで、上部は漆喰塗りの造り。内部には明治時代に(こちらは運悪く)廃寺となった蓮台寺の観音像が祀られているとのことです。


 中山寺は県道(通称 御木本道路)沿いにあって駐車場が完備されており、境内は自由に散策することができます。木々が美しく、不思議と心が安らぐ空間です。

■中山寺(伊勢志摩きらり千選ホームページより リンクはこちら) 

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