2014年2月17日月曜日

「すずかものづくりシンポジウム」に行ってきた

 鈴鹿市の主催で先日開催された「すずかものづくりシンポジウム」に行ってきました。
 意外にも(失礼!)、これが非常に有意義な内容だったのでレビューしておきます。

 シンポジウムは3部構成で、第1部は鈴鹿市内の中小企業経営者(3社)による会社案内のプレゼンテーション。第2部は「女性の進出が企業の活力を生む」というタイトルの、中小企業の女性社員(2名)による活動報告、そして第3部はメインベントである、名古屋市立大学大学院の國本桂史教授による「想像する創造 ~21世紀のコア産業」という演題の講演でした。

 第1部は、自動車の4次下請けメーカーの経営を引き継ぎ、「脱下請け」を目標に自社のプラスチック成型技術を生かしたオリジナル商品開発と新規販路開拓
に取り組むアサヒ化工(株)の諸岡社長、業務用の味噌とたまり醤油を醸造している、鈴鹿市内で唯一の蔵元である東海醸造(株)の本地社長、そして鍛冶屋さんだったお父上の手伝いからスタートし、「曲げ加工」の高度技術を持つ鉄工所として現在は航空機産業に参入するまでに成長した(株)南条製作所の南条社長のお三方からプレゼンがあり、いずれの取り組みとも素晴らしいもので、大変参考になりました。

 しかし、感動的だったのは第2部、中でも(株)岩間化学で働いている社会人二年目の女性社員の発表でした。


 見た目、いかにも今風のハタチの子でした。
 プラスチック成型メーカーである岩間化学に就職したものの特に製造業に興味があったわけではなく、社会人としての心構えやルール、もちろん技術的な用語とか段取りもよくわからないまま、ただただ忙しく過ごす毎日。
 体も心も擦り減っていき、同期入社の何人かも退職してしまう中で、同僚や友達に励まされ、ようやっと仕事の面白さがわかってきた、というような発表内容でした。

 こうやって文章にするとありきたりな内容なのですが、おそらく今日のこの発表会場に立つまでは紆余曲折の葛藤があったことがよく伝わってきましたし、仕事のストレス発散方法を自分で見つけた(この人の場合はスポーツらしい)こと
や、ご両親をはじめ周りの人すべてに支えられているという気づきやポジティブシンキングを得られたことが、人間として確かな「成長」となっていることがわかるいい発表で、聴衆はかなり感動的なムードに包まれていました。
 おそらく同年輩のお子さんがいるのであろうわしの近くに座っていた中年男性は、心なしか涙ぐんでいるようでした。

 第3部の國本先生の講演は、これはもう「御大」という感じで、時おり皮肉とも自虐ともつかないギャグを交えながら、独自の世界を築いていました。
 國本さんは三菱自動車でパジェロ、デリカなどのデザイン開発を行った人物で、現在は大学教授の傍ら、勤務先である名市大の附属病院や企業とコラボした医療機器の開発などに関わっておられます。
 講演の内容は、「出口を見据えた、マーケットインの技術開発が必要」とか「あらゆることに想像力を働かせる」、「中小企業がすべてを自分だけで行うのは無理なので、大学や他の企業と連携して取り組む」といったような、これもおそらく文章化すると月並みな内容なのですが、実際に数多くの実績を残してきた先生なので説得力があり、聴衆が惹きつけられていくのがわかりました。
 試作中だった画期的な医療器具「人体を傷つけない新型喉頭鏡(こうとうきょう)」がいよいよ間もなく実際の医療現場にリリースされるそうであり、現在は150もの研究テーマを抱えているものの、より人体に近い医療ロボットの開発が目下のテーマとのことでした。

 興味深かったのは、最後の質疑応答でした。
 「どうすれば、イノベーションにつながる発想ができるようになるのか」という質問に対し、國本さんの答えは、
 子供の時は木を見ても、葉っぱがあり、小枝があり、大枝があり、それらが風でそよいで見え方が変わり、というふうに「小さなもの」「一番近いもの」から見ていくので子供は興味が尽きないし、次々新しい発見がある。
 しかし大人になると、木とは地面から幹が伸びていて、葉っぱがわさわさと覆っている、「木というもの」の一般的なイメージとして捉えてしまう。通勤の道を歩いていて、道の脇にはいろいろな種類の木が生えていても、みな同じ「木」としてしか捉えないので、毎日が同じ景色で何の発見もない。
 現実は多様で複雑であり、現実がどうなっているか、なぜそうなっているのか、それを良くする(変える)にはどうすればいいか、を常に考える習慣をつけていれば、何かのはずみでまったく斬新なアイデアに結び付くことがある。というような回答でした。

 つまりイノベーティブな発想法には訓練の方法などなく、世の中にあるさまざまなものを観察し、常になぜ、どうすればを考える習慣の先にある、ということのようです。(違っていたらすいません。)
 これもまた、平凡と言えば平凡な、まあそりゃそうだろう、という話なのですが、実際に毎日これを続けて習慣にするのは難しそうです。

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