2014年4月12日土曜日

間もなく解体されるという朝熊山レストハウスに行ってみた

 伊勢市と鳥羽市を結ぶ観光道路「伊勢志摩スカイライン」の朝熊山頂ドライブインにある朝熊山レストハウスが今年の5月、ゴールデンウィーク明けを目途に解体されることとなったそうです。
 東南アジアの高床式住居を連想させるような巨大屋根の建物が三棟、並んで建っているのは山麓から見上げても相当に特徴的であり、まさに今現在の朝熊山を、そして伊勢志摩国立公園を代表する現代建築であっただけに非常に残念に感じます。


 朝熊山レストハウスは、三重県観光開発株式会社による伊勢志摩スカイラインの建設に合わせて、建築家の武基雄氏と谷資信氏(ともに早稲田大教授)の設計、大林組の施工により昭和39年に完成しました。


 伊勢志摩スカイライン開通直後の10月には東海道新幹線が開業、そして東京オリンピック開催と、日本は高度成長期まっただ中の絶頂期であり、マイカーの普及によって全国各地でレジャーブームが沸き起こっていました。

 開業当初は1階はレストラン、2階は宴会場、3階はバス乗務員の休憩所だったそうです。その後、利用客は順調に増加し、キャパシティが限界となったことなどから改造と増築を繰り返し、現在の姿に至っています。
 しかし、建物を間近で見てみると築後50年経って相当に老朽化が進んでおり、打ちっぱなしのコンクリートには剥落やヒビも目立ちます。


 利用客は前回(第61回)の伊勢神宮式年遷宮が斎行された平成5年をピークに減少に転じ、平成14年にはレストハウス内のレストランが閉店し、建物も立ち入り禁止となってしまいました。

 

 
レストハウス前の展望台からは、鳥羽の市街地と伊勢湾口に点在する島々、さらには渥美半島、知多半島までを臨める大パノラマが広がります。年に数回、気象条件がよい時は、富士山が見えることもあるそうです。
 有料の足湯もあって、ドライブの疲れを癒すには最高のロケーションであるだけに、今となっては詮無い話ではありますが、解体という結論に至る前にもう少し活用の方法は考えられなかったのか、と思わざるを得ません。

 実際、解体まであと1か月ほどしかないにもかかわらず、わしが見た範囲では、この建物が解体される旨の表示なども特になく、この種の状況ではよくあるようなペーパーモデルの販売とか、懐かしの写真展示会などもなく、実にひっそりとした ~拍子抜けするほどの~ 地味な状況でした。
 

 
 三重県観光開発(株)の親会社は三重交通なので、この「あっさりした」感じは三重交通の社風だと考えると頷けるものがあります。わしのようにレストハウスをランドマークとして仰ぎ見てきた伊勢、鳥羽の住民の親しみに比べ、失礼ながら運営会社のほうは、実はその価値を理解していなかったのではなかったでしょうか。
 
 さて、レストハウスに至るアプローチの石段には、大正14年に開業し、当時「東洋一」と言われた朝熊登山鉄道(ケーブルカー)の路盤石が転用されています。


 
 ケーブルカーは太平洋戦争の戦局悪化により、線路などが軍部に供出されることとなって昭和19年に廃止され、その後復活することはありませんでした。その歴史の生き証人でもあったわけです。 

 
 報道によれば、レストハウスが解体された跡地は芝生広場とし、7月ごろから利用できるようにする予定とのことです。
 また、現在レストハウス横の1階部分で土産物や軽食を販売している売店は、今後も営業を継続するとのことです。
 
■伊勢志摩スカイライン ホームページ   http://www.iseshimaskyline.com/index.html

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