2014年5月12日月曜日

【読感】変わった世界 変わらない日本

 連休中に何冊か読んだ本のうち、この 変わった世界 変わらない日本 野口悠紀夫著 講談社現代新書はおススメです。
 事実にしっかりと裏打ちされた内容で、展開も論理的。何より文章が読みやすく、理解しやすい良書でした。

 アベノミクスでは日本は浮上しない、という副題にあるように、金融緩和、財政出動、成長戦略、という安倍首相と黒田日銀総裁の経済政策に対する批判の書で、内容は多岐にわたるのですが、論旨をごくごく簡単に(乱暴に)まとめると、以下のようになると思います。

・成長力を持つ産業分野が、アメリカでは製造業からIT(ICT)や金融といった高度なサービス業に移ってきた。この流れはもはや不可逆的であり、日本もその例外ではない。

・だが日本人の多くはこの流れを正しく認識できず、ITや金融に産業構造をシフトすることが遅れた。小泉政権は輸出型の製造業を振興するために低金利政策、円安政策を推し進めた結果、むしろ古い産業構造が温存されることになった。


・その結果、リーマンショックでは金融業が中心だったアメリカやイギリス以上に、製造業が中心の日本の成長率のほうが大きく落ち込むこととなった。しかも、アメリカは比較的早く立ち直ったのに対し、日本は長く低迷することとなった。

・大量生産型製造業は、中国のキャッチアップによって、日本を含めた先進国の競争力を失なわせた。今後製造業で生き残れるのはごく一部の分野に過ぎず、日本も早く、高度なサービス業中心に産業構造を転換していく必要がある。

・日本は物価が上昇しない「デフレ」が続いてきたが、これは安価な労働力を持つ新興国との競争が激化して、相対的に賃金が高い国内の製造業従事者が減少し、相対的に賃金が低い国内のサービス業の労働人口が増えているから。このため日本全体で賃金が下がっており、ある均衡点に達するまでは下落は止められない。つまり、デフレだから景気が悪いのではなく、グローバル化の結果、賃金が下がっているからデフレになっているのであり、「デフレを止める」という政策目標は間違っている。

・しかし、アベノミクスはこういった趨勢を無視しており、いっそうの金融緩和を進め、財政支出を増加する経済政策を取っている。今の問題は、企業が自ら国内に投資する先を見つけることができないからで、いくら資金を市場に流しても企業の業績は回復しない。

・また、財政支出の増加で日本の財政赤字は天文学的な巨額となっており、市場が日本の先行きに不安を持ち、金利が上昇し出したら歯止めが利かなくなり、財政破たんする可能性が高い。

・規制緩和はまだ不十分であり、企業が国内に投資しよという意欲を醸成しているとは言い難い。

以上です。

 野口氏は以前からこのような論旨を展開しているので、その意味では特別に新しい話はないのですが、この本が新書ということで、今までの主張をわかりやすく再構成したといった感じです。

 かつて三重県でも、平成20年に発生した金融危機(リーマンショック)を「米国のマネーゲームによるあぶく銭経済の結果だ」などと言った知事がいましたが、これはひどい無知と思い違いであり、野口さんの考え方に依れば実は自分たちこそが周回遅れだったということです。
 事実、県の商工政策を製造業の誘致と技術開発に「選択と集中」した結果、三重県は平成20年の県内GDP(県民生産)の下落率が全国一という無残な大失敗を犯しました。
 このように物事の表面しか見ようとしない人物が行政の舵取りをすると、もともと経済規模が小さい地方自治体においては、その失敗は致命的になります。(その後、幸か不幸かこの知事は政治的に自死し、職を辞しました。)
 幸い三重県の景況は県民や企業の努力によって一定水準にまで回復していますが、国や一部の御用経済学者や評論家の言うことだけを鵜呑みにするのでなく、多方面の有識者の意見を見聞きし、自分の頭でよくよく考えることが重要なのでしょう。

 最後に、これはわしが地方自治体職員の立場から抱く感想ですが、製造業が大局的には衰退せざるを得ず、主役は高度なサービス業に移っていくことは避けられないとしても、現実に多くの人々は製造業やその関連産業に従事しており、日々の生計を立てています。
 経済原理による産業構造の変化を、ハードランディングでなく、つまり、製造業企業の廃業や倒産の増加 → 大量の失業者発生 → サービス産業への賃下げを伴う労働力の移動 という流れではなくて、ある程度のソフトランディングを模索できないものかとは思います。

 野口さんはこの本の最終章「未来を拓くために必要なのは何か?」で、高度サービス産業の構築、製造業の新しいビジネスモデル(水辺分業、製造業とサービス業の中間産業)、高齢者の需要開拓の3つを急務として挙げ、これらを実現するために高等教育の充実と「人材開国」をすべきだと主張します。
 これも、非常にあいまいとして、具体化に至る道のりは平坦ではないと思います。ここまで日本国民が危機感を持てるだろうかとも思いますし、ここまでふっきれるのにも相当な軋轢が生まれるでしょう。
 しかし、今の日本経済はここまで追い込まれているのです。子孫のために、いかに身を切って改革するか。もう時間はほとんど残っていないのです。

はんわし的評価(★★★)必読!


2 件のコメント:

三碧星 さんのコメント...

すでにトヨタやソニーは自動車やオーディオよりも金融や保険で収益の多くを上げており、
長きに渡った不景気を暴動も無く日本人が乗り越えつつあるのは
ひとえに国際情勢と経済の変化を感じ取って耐えてきたから、という点も挙げられます。
 評判の悪い派遣制度も、あの時代を乗り切り、少しでも多くの人々に職を与えるためには必要でした。
 派遣業で食いつないできた人々は、既存の正社員の権利しか守ろうとしなかった労働組合を信用していませんし、現政権が企業に賃上げを求めるのに対し、連合がアベノミクスの足を引っ張ろうと反対の動きをしたことも状況を悪化させました。

 ろくに仕事が無くて学資ローンを払えない大卒の若者が溢れているアメリカ。州の破産も現実味を帯びてきましたし、日本よりもリーマンショックから早く立ち直ったという表現には首を傾げます。リーマンショック時にはサブプライムローンを以前から危険視していた日本は軽症ですみましたが、直後の民主党政権樹立で日本は最悪の時代を迎えました。野口氏の言説には民主党政権時代が「無かったこと」になっている錯覚を覚えます。

 製造業が従来の形態では未来が無いのは同感です。しかし、311で世界を巡るサプライチェーンが破綻しかけ、日本以外で生産拠点を作ろうとしても、石油精製施設の問題で「やはり日本にしか無理だ」ということが判明したこともあります。野口氏が訴えずとも、すでに日本の製造業は最適化を粗方すませている状況です。

 消費税導入が急激な景気回復でのインフレ対策でもあり、財政健全化で通貨価値防衛の手段でもあるため、「デフレを止める」という表現は現実に即していないと思われます。
 日本人の貯蓄癖はハゲタカファンドが驚愕したほどであり、金利を下げないと市場に資金が出回らないため、ロシアのような金利上昇の要因は日本には無いと思われます。

 未読であるので批判を述べる資格が無いのは重々承知の上なのですが、近いうちに図書館で読んでみることを約束する上でコメントさせていただきます。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 コメントありがとうございます。わしもこの本のエッセンスを正確に書くことはできませんので、ぜひご一読をお勧めします。
 民主党政権の迷走については財政支出に歯止めをかけられず、財政状況を悪化させた点についてはこの本にも言及されていました。
 今後の懸念の一つは、やはり財政赤字がどうなるかです。長期金利は上昇を始めるともはや手遅れなので、どのような状態になれば金融緩和策や景気対策を幕引きするのかの「出口戦略」がそろそろ必要だと感じました。