2014年6月12日木曜日

「喫煙」という誤訳

 安倍政権の成長戦略の素案の中に「混合診療の解禁」が示されています。
 混合診療は、まだ効能の評価が未確定で、保険診療への使用承認がなされる前の薬とか治療方法が(必要性によっては)診療に使用できるというメリットがあります。
 外国などではすでに当たり前になっている検査や治療方法が、日本の関係機関による認証が遅れているという理由だけのために日本の患者に適用されないのは大変な損失です。

 その一方、そのような効くか効かないかわからない診療まで公的な健康保険で負担すべきなのかという問題や、また、仮に非常に効果がある先進的な診療が混合診療として認められてしまうと、自己負担分の高額な治療費を払える人は混合診療によって先進治療が受けられ、そうでない人は受けられないという不公平も生じるでしょう。
 これはまあ、非常に複雑な問題なのでまた別に論じるとして、一つだけわしが確信するのは(というか、多くの関係者もそう言っているのは)、混合診療の解禁、一般化によって治療上のメリットや、産業としての医療が経済成長するという目論見と同時に、公的な医療保険の支出抑制も政府の重要な狙いであるだろうということです。

 しかし、これもまた物の道理ですが、破綻寸前の公的医療保険を持ちこたえる方法は、実はあるのです。



 それは、
ガンや脳卒中などリスクが高い喫煙常習者は、公的医療保険適用外にする(=全額自己負担にする)
 ということ。
 ただこれだけです。

 国立循環器病センターのホームページによると、たばこの煙には有害と分かっているものだけで200種類以上、発がん物質も40~60種類含まれています。たばこを吸うと一酸化炭素も体内に取り込まれますが、一酸化炭素は酸素に比べて赤血球にあるヘモグロビンと240倍も結合しやすく、体内組織の酸素欠乏によって動脈硬化が進み、脳卒中・急性心筋梗塞・大動脈解離などを発症する危険度が高くなります。
 1日25本~49本吸っている人は、心筋梗塞で死亡する危険度が、吸ってない人に比べ2.1倍になります。肺がんのうち、たばこが原因と考えられる(もし吸わなかったら、かからなかったと考えられる)ものの割合は70%にも及びます。
 喫煙者の死亡率を吸わない人と比較すると、咽頭(いんとう)がんは3倍、喉頭(こうとう)がんは32.5倍など軒並み高くなっています。

 このような質の人々も、逆に、健康な人々も、全く同じく平等に扱う健康保険は公的保険だけといっていいでしょう。もし仮に民間の保険が疾病リスクや死亡リスクが高い人を同じ算定基準で保険に入れていては収支が成り立ちません。
 これは悪平等であり、高度成長期のころの右肩上がりの人口増加や、若年者が多かった年齢構成を前提とした、現行の運営方法(喫煙者も非喫煙者も一律に扱うという)は誤っています。これでは早晩の制度破たんは免れません。きちんとリスクを見極めるべきです。

 では、どうするか。それが前述したとおりの現実的な提案です。
 しかし、今すぐに喫煙者を保険適用外にするというのは乱暴な議論なので、やはり何年間かに渡る激変緩和措置は必要でしょう。ただし、10年後くらいには全面的に喫煙者は全額自己負担化すべきです。

 並行して、社会のあり方も変えなくてはいけません。
 昨今、若年者も含めた喫煙率が減少してきたのはいいことですが、まだまだ生ぬるいので国民の意識改革が不可欠です。
 わしは思うのですが、そもそもこの「喫煙」という言葉がよくありません。
 「喫する」というのは、喫茶、つまり茶をたしなむ、のように、身体にいいものを食べたり飲んだりして取り入れるというニュアンスがあります。いいこと、風流なことのような語感です。
 たばこが南蛮から日本に渡来した17世紀に、たばこの葉を燃やして煙を吸い込む行為を「喫煙」と名付けた ~訳したというべきか~ のがおそるべき誤訳だったのです。(もっとも、喫煙という表現がその当時からあったのかどうかは知りませんが、何にせよ、この言葉が。)
 それだったら、最近捕まったどっかの流行歌デュオの片割れがやった行為も、「喫薬」などと表現すべきなのではないでしょうか。

 なので、喫煙という表現は廃止します。永久に追放するのです。
 代わりに「吸煙」であるとか「汚肺」であるとかの、わかりやすい表現にすれば、たばこを吸うのが何だかいかがわしい、おどろおどろしい行為のように刷り込まれて、ますます禁煙者は増えることでしょう。
 このような思想の善導には、年端の行かぬ子供たちが物心つくまで、最低10年くらいは社会運動の継続が必要です。なので、吸煙者の公的健康保険適用外の施行期日は「喫煙」という言葉の意味が世間からほとんど忘れられた10年後とします。




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