2014年7月22日火曜日

海の日特集・英虞湾にある間崎島に行ってみた(後編)

(承前)海の日特集・英虞湾にある間崎島に行ってみた(前編)

 間崎漁港を歩き出して15分ほど。尾根伝いの一本道の周囲にはポツリポツリと家が建っており、中には数軒が固まって建っている在所もいくつかあるのですが、残念ことに、ほとんどが無人と思われ、あまり人の気配がしません。


 ただ、畑で仕事をしている人がいたり、一回だけクルマとすれ違ったのですが、こちらが会釈すると、むこうも「ああ、観光客か」みたいな感じで返してくれます。この距離感は程よくていい感じでした。


 道端には古いクルマもよく放置されており、空き家の庭で朽ち果てるままになっています。


 日本の島へ行こう というホームページの間崎島の条を見ると

・間崎島は真珠の島
 明治時代半ば、御木本幸吉の英虞湾での養殖真珠の成功は、間崎島の風景にも大きな変化をもたらしました。
 それまでのイワシ漁が養殖イカダにかわり、昭和の時代を迎える頃には需要も増え、間崎島は“真珠の島”、“宝石の島”と呼ばれ、昭和30年代にはラジオ、テレビ、電話の普及率が全国1位になるほどの景気だったといいます。
 とあります。

 以前このブログでも、伊勢市にある真珠会館のことを書きましたが、真珠養殖は戦後の三重県経済、いや日本経済を牽引した重要輸出産業でした。間崎島は、日本の外貨獲得に大きく貢献していたのです。
 しかし、次第に運命は暗転します。

・生産量の推移
 三重県の養殖真珠の生産量は昭和41年をピークに減少に転じ、昭和の終わりから平成の始めにかけて回復期がありましたがその後は再び減少傾向になり、現在は最盛期の1/10にまで落ち込み、さらには価格の下落など厳しい状態が続いているようです。

 とあり、事実、真珠の生産量、養殖漁家ともに激減していきます。この間、日本の産業構造は重化学工業や機械工業が中心となり、沿岸漁業は構造不況ともいうべき停滞に入っていくのです。

スタートから約30分で終点に着きました。ここにも大きな家がありますが、ご覧のように道路を人やクルマが通った形跡はありません。


 終点の近くには、見晴らしのいい芝生の船着き場がありましたが、ここも大きな家々が廃屋となっており、作業小屋や桟橋も朽ち果てて倒壊していました。

 一本道を引き返して、今度は漁村らしく家々が密集している、迷路のような細道を当てもなく歩いてみました。
 路地は行き止まりになっていたり、家々を抜けると突然岸壁に出たりします。下の写真は島から北東方面を臨んだもので、遠くに志摩市の中心地 鵜方(うがた)方面が見えます。


 下の写真はは南の方向です。海の向こうに横たわっているのは先志摩半島の腕部です。高い山がなく、ペタンとした半島が続いています。


 高い山がないのは間崎島も同じで、これは英虞湾周辺の陸地が古代の海底隆起によって造陸されたためと思われます。水の確保には先人も相当苦労したことでしょう。(そのせいか、島内に水田はまったく見かけませんでした。)
 最後は北西方面を臨みます。今さっき渡ってきた賢島方面で、志摩観光ホテルの巨大な建物も見えます。


 山の斜面に沿って家々が密集しているのですが、悲しいことに、ほとんど人の気配がしません。多くは真夏でも雨戸を締切り、あるいは門や玄関に雑草が生い茂って、生活の匂いがしないのです。
 間崎島はもはや「宝石の島」ではなくなってしまったのです。

 しかし、明るい希望もなくはありません。それがこの里海カフェです。
 島内で獲れた野菜などを使ったメニューがあり、「茹で蟹」(ガザミか?)や「蒸しムール貝」がお薦めとのことだったのですが、わしは無難にカレー(700円)にしました。


 紙皿で出てきたのが意外でしたが、あくまで実験的な店舗ということで不要な投資はしないということなのでしょう。これはこれで間違ってはいません。
 カレーは、特産のヒオウギ貝(ホタテ貝みたいな檜扇型をしている二枚貝)のソテーが添えられていました。これは、美味しかった。食べる価値ありです。

 本当はもっとカフェの人とお話ししたかった気はするのですが、お昼時だったので結構入れ代わり立ち代わりお客はやって来て、調理に忙しそうだったので、結局、ほかの観光客と世間話をして終わってしまいました。
(なるほどと思ったのは、ヨットでクルーズしていて、休憩に間崎島に寄港したという人がいたことでした。まさしく英虞湾のど真ん中に位置するゆえんなのでしょう。)

 そんなこんなで、あっという間に2時間半が経過。帰りの船が短く警笛を鳴らしてやって来ました。


 帰りは、釣り客や宿泊客(間崎島にはいくつか民宿もある)が混じったので、客数は30名ほど。切符は着払いということで、船内に乗り込みました。

 船の最後尾はデッキになっています。エンジンがうなり、波しぶきがあがると、見る見るうちに間崎島が遠くなっていきます。


 約10分で賢島港に到着。船賃を払って外に出ると、ここはもうすっかり、普通の「観光地」です。
 賢島駅にはたくさんのお客がおり、土産物を買っています。このうちの10分の1でいいから間崎島に観光に来れば、もう少し経済状況は良くなるのに、と考えたりもしました。 


 しかし、皆が皆、こぞって間崎島に押し寄せる光景も想像困難だし、想像したくない気はします。勝手な言い分かもしれませんが、静かで、落ち着いた、穴場的な魅力こそが間崎島の良さであって、海岸沿いに売らんかなの土産物屋やかき氷屋が出店するのは、かえって魅力を損ねる気もします。
 現実問題として、高齢化率75%ともなれば、地域の活性化は外部人材に頼らざるを得ないでしょう。外部のネットワークをどう活用するかが重要だと思う一方、島民のみなさんが「活性化疲れ」や「燃え尽き」になってしまわないかが心配ではあります。

 ただ、いずれにしろ、間崎島は大変美しい、いいところでした。時間が合えばまた行ってみたいと思うし、まだ行ったことがない方には自信を持ってお薦めできます。(海水浴場は本当に穴場です。)

■志摩マリンレジャー あご湾定期船  http://shima-marineleisure.com/cruise/bayliner/

■里海カフェ(志摩市地域おこし協力隊 in 間崎島)  https://www.facebook.com/masaki.island
 

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