2014年7月6日日曜日

鳥羽の名刹「青峰山正福寺」に詣でてみる

 梅雨末期に特有の、嫌な曇り空が雨に変わりつつあった今日の午後、思い立って、というより、ちょっと願掛けみたいなこともあって、青峰山正福寺に行ってきました。
 正福寺は「しょうふくじ」と発音して間違いないと思いますが、「青峰山」は、山号としては「せいほうざん」と読むのかもしれませんが、わしのような鳥羽市出身の人間は「あおのみねやま」とか、単に「あおのみね」と呼ぶことが多く、海上守護の仏様を祀っており漁業や海運関係者が崇敬する名刹と認識されています。


 ただ、ここが有名なのはせいぜい鳥羽市と志摩市のエリアくらいで、伊勢志摩地域に来る一般的な観光客にはほとんど知られていません。
 この最大の理由は、交通アクセスが極端に不便だからだと思います。正福寺に至る道路は幅3~4mのかろうじて自動車が対向できる山道があるだけで、バスの便はなく、自家用車かタクシー、もしくは徒歩しか辿り着く方法がありません。
 上の写真は、近鉄志摩線の松尾駅付近から青峰山を撮ったものです。左下に松尾駅のホームがあり、写真中央の尾根が長くつながっているのが青峰山です。ここから車で約15分、徒歩で約1時間かかります。

 地理的な概念図がこちらです。近畿自然歩道になっていますが、あまり表示は親切でなく、看板の数が少ないので、初めて行く人は苦労するかもしれません。



 正福寺は青峰の山頂にあります。付近にはお寺以外にまったく人家はなく、俗世界からは完全に隔離された空間です。静かですし、何というか、凛とした空気が漂っていて、ここに来ただけで何かスピリチュアルな雰囲気に包まれます。
 何よりも、こんな山の中にこれだけ巨大な伽藍が突如として現れるのは驚きです。この山門は天保13年(1842年)建立で、鳥羽市の有形文化財になっています。


 付近の案内板によると、正福寺は奈良時代の天平年間に聖武天皇の勅願によって行基が開山したと伝えられています。行基が開山したという伝説パターンは全国各地にありますが、そもそもは行基が伊勢神宮を参詣したときに巽の方角に寺を建立せよとの託宣を受けたことが発端とのことで、行基が大仏建立の成功を祈願に伊勢参宮に来たのは史実なので、何らかの関連性はあるのかもしれません。(現在は真言宗の寺院です。)


 山門の横には大坂・西宮の樽廻船問屋が弘化2年(1845年)に建てた巨大な石燈籠があります。正福寺の本尊である十一面観音菩薩は、海中からクジラに乗って現れたとの伝説があり、漁師や船乗りたちの厚い信仰を集めてきました。毎年、旧暦1月18日に本尊がご開帳される「御船祭」は今でも多くの参詣客を集めています。

 正福寺の全景です。

 本堂も大変に立派で、規模といい、軒下の精密な彫刻群といい、これだけのものを建立できた寺勢に思いを馳せると、感嘆せざるを得ません。





 堂内には漁や航海の安全を祈願する絵馬や、永代護摩の講札が無数に掲げられています。伊勢志摩、はもちろん、津、桑名、常滑、野間、など伊勢湾、三河湾一帯の地名や、さらに江戸、上方、土州(土佐)などの名前も見えます。


 このように立派な正福寺ですが、有名な観光スポットでないためか、わしのほかに参詣客はまったくおらず、残念なことですがやや寂れた印象を持たざるを得ませんでした。
 本堂も相当に老朽化しており、瓦屋根には雑草が生い茂っており、近いうちに大規模な修繕が必要な感じでした。

 しかし、仏様と静かに対話するにはいい場所なので、もし「伊勢志摩の主だった観光地はすべて行ってしまったので、どこかいいところはないか探している」という方は、時間が許せばぜひ参詣されることをおすすめします。

■観光三重 青峰山正福寺の観光スポット情報        



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