2014年7月20日日曜日

行政が今ある企業の体力を強くすることはできるのか

 7月17日付けのわしのブログ「企業誘致は2度死ぬ」に匿名氏から頂戴したコメントが、ある意味で本質的なご質問のように感じましたので、今日はわしなりの答えを書きたいと思います。マニアックな内容なので、産業振興関係者以外の方は読み飛ばしてください。

 ブログでは、DIOジャパンなる会社が国の失業対策事業を受託して全国にコールセンターを乱立させ新規雇用を増加させたものの、事業が終了すると(つまり、国からの受託金がなくなると)、一転、雇用者を大量に解雇する事例が頻発していることを取り上げました。
 中には美濃加茂市などのように、地方自治体が商工政策として同社を誘致した例もあり、長らく行政による商工振興策は企業誘致が主流であったのですが、これは様々な意味で限界を迎えているので、今後は今ある企業の体力を強くすることに施策の軸足を移すべきだと書きました。

 これに対して「行政が今ある企業の体力を強くすることができるのでしょうか?」というコメントをいただいたものです。

 わしの私見は以下のとおりです。



1 行政が企業を強くすることは、一部の局面では可能
 地方自治体による商工振興施策は明治時代から連綿と続いています。その多くは企業経営について回るベーシックな課題への支援であり、これら「基礎的」ともいえる支援策は、それなりに有効性があり、それゆえに過去から継続しているのだと思います。
 例として、①運転資金や設備資金の低利融資(信用保証)、②製造業企業の技術的な課題に対するアドバイスや評価・分析の実施、③物産会の設立など地場産品の販路拡大、④企業の新製品開発に対する補助金交付、⑤経営、労務、税、知的財産などの課題へのアドバイスや専門家派遣、などがあります。
 これらを活用して経営が強化されたり、不振が立て直された、という例は実は結構多くあります。名前を出すことができませんが、構造不況で経営危機に陥った時、臨時的な政策融資を受けて倒産を免れた(その後、経営はV字回復し、現在はその企業の商品はマスコミにも多く取りあげられている。)例や、まったく新規のビジネスモデルのため金融機関からの融資が困難であった企業が、県から補助金や低利融資を受け、その事業がスタートできた(これも、現在超有名な企業になっています)などは、直接、わしは経営者から話を聞いたことがあります。このような事例はほかにもたくさんあります。

2 企業トータルの体力はさまざまな要因で決まる
 しかし、言うまでもなく、企業は資金、設備、人材、商品などの経営資源の総体に、経営者による経営判断が乗っかっているものなので、行政が経営資源の一部を支援したり補てんしたりしただけで、経営の総体が強化されたとは必ずしも言えない場合があります。
 新商品の開発に補助金を投入したが結局開発には失敗した、あるいは、コストやライバルなどの理由で事業化を断念した、ということもたくさんあります。
 販路開拓について、行政は商談のきっかけを作ったが、その後に成約に至ったのは企業自身が努力したから、ということも当然あるでしょう。
 つまり、どこからが企業努力で、どこからが行政支援の効果だったのか、を見極めるのは非常に難しいのが事実です。
 しかし、行政の仕事とは、商工に限らず、農業にしろ、教育にしろ、福祉にしろ、公園の整備や道路の整備にしろ、このように「それ単独の効果がどれくらいあるのか」が実はよくわからない仕事は多くあります。と言うか、効果がはっきりわかる仕事は ~例えば、これだけ投資したらこれだけ収益が上がる、ということがハッキリしている事業ならば~ それは民間がやればよく、非効率でコストが高い行政がやる必要はありません。
 なので、問題は、その政策には社会的な要請があるのか、そして、費用対効果は許容範囲か、という「事業の検証と評価」が重要になってきます。ところが、商工分野には検証と評価の有効な手法やツールが、わしの知っている限りほとんどありません。匿名氏の言う「補助金漬け、公的融資まみれの企業」が生まれるのは、このような土壌があるからです。
 

3 「政策的な支援」になると、その効果は疑わしい
 しかし、これが産業構造を高度化させるだの、新産業を創造するだの、中小企業の国際化を推進するだのといった、一企業の経営支援を超えた、より大きな政策になってくると、もう完全に公務員の飯のタネ化した話になってきます。
 大きな政策は、国がそのための法律を作ったり、事業に巨額な予算を付けたりするので、ある種の予算の分捕り合戦になり、知事や市町村長は予算獲得に血眼になります。
 しかし、今や日本経済はグローバル化しており、主要な大企業は国境を超えて経営されており、資金も、資源も、商品・サービスも、人材も、国境を超えてやり取りされています。終戦直後のように国が支援すべき重要産業を指定したり、成長する産業を目利きしたりすることなど絶対に不可能です。
 したがって、予算は「産業政策」に激注されるものの成果は上がらず、国の「成長戦略」とやらに踊らされて、半導体、自然エネルギーなどに参入した企業は、経営不振となったり、その分野から撤退するところも少なくありません。
 有名な話ですが、当時の通産省に妨害されたホンダが世界的自動車メーカーになって今ではジェット機も生産していたり、運輸省に妨害されたヤマト運輸がリーディング企業になったのは、いずれも軸足が決してブレず、肝心な時には国の支援など受けなかったからです。


4 行政は過去の失敗を反省しない
 このようなことになる理由は2つあります。
 1つは、科学技術開発や人材開発を含めた商工政策を、正確に検証し、分析し、評価する、政策評価のPDCAの体系がないからです。わしが考える最も有効な指標は、行政が支援した企業は確定申告資料を必ず提出させ、どれくらい利益を出したか、設備投資をしたか、新たに従業員を雇ったか、という「企業付加価値」の実績値を検証することです。
  しかし、これだと検証が支援策を打った2年後になるので、そのころにはもう行政のブームは変わっていて、過去の支援策の評価など大した関心事ではなくなっている危惧があります。行政は縦割りなので、税務情報を商工部局が入手することもできません。
 もう1つは、商工政策の予算は、役所にとって利権であるということです。土木予算などと同じようなことですが、大きく違うのは金額規模ははるかに小さいながら、商工は土木以上に成果が問われないということです。
 経済情勢は次々変わっていくので、最近なら「ガソリン高対策」とか、「少子化による市町村消滅防止対策」「女性登用対策」など世間の耳目を集める商工施策を次々打っていくと、首長や役所は、何か地域の役に立っていることをしているように錯覚させることができますし、自己陶酔することができます。過去を振り返っているヒマなどないようにカムフラージュできます。
 そして不思議なことに、バブル崩壊の20年間、国の財政政策、金融政策、産業政策は失敗の連続であったのに、いまだに「財政出動」や「成長戦略」を世間は待望しているのです。つまり、反省がないのは「国民」も同じなのです。


<参考>
はんわしの評論家気取り  新任者のための「商工振興」入門(2013年4月26日)

                  【読感】成長戦略のまやかし(2013年8月25日)
                  
 

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

私のコメントに対してさらに見解を記事にしていただき、ありがとうございます。
とてもわかりやすいです。流石です。

気になった点を2点だけ。
・行政の支援で成功した企業の名前を出せないのはなぜでしょうか。税金が投入されているのですから、成功事例は喧伝してもいいと思うのですが、理由があれば教えてください。
・税務情報を商工部門が入手できないのは、縦割りが理由ではないと思いますが。

政策的な支援と補助金依存体質、これは
産業分野に限らない問題だと思います。
が、これらがあわさると利権と呼ばれ、行政の「良心」は押さえつけられてしまうのでしょうかね。

なんか、いっつも同じ企業ばかり、支援されてますね。って、単純に思います。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 支援の成功例は「成功事例集」などが多く発行されています。その気になれば見つかると思います。ただし、これはいいことしか書いていないので若干「読み方」が必要かもしれません。
 税務情報は個人情報のレベルであれば特段の守秘義務が要求される重要情報なので、商工部門が入手できないは当然です。説明が不足していましたが、マクロ的なデータとして、あるいは匿名加工されたうえでの利活用も不十分だという意味です。(たとえば、市町村域での商工政策の効果を測定するのに住民一人あたりの課税対象所得額を入手しようと思っても現状では困難です。)