2014年8月1日金曜日

夜中に聞いたコルトレーン(マニアック)

 10日ほど前のこと。
 わしにとっては珍しいことですが、いささか酩酊し、帰宅してすぐに寝入ってしまったらしく、目が覚めたのは夜中の2時ごろでした。
 あまりにも汗でべたべただったのでお風呂に入って、けれども周りが静かなのでラジオでも聞こうと ~わしの家には各部屋にラジオがあり、お風呂にも防水ラジオがあるのです~ 何気なくスイッチを入れたら、もう何年も、おそらく7~8年くらいは聞いていなかった、おそろしく沈鬱なテナーサックスの音色が聞こえてきました。
 その曲が60年代に活躍したジャズの巨人、ジョン・コルトレーンの「承認(Acknowledgement)」であることはすぐに分かりましたが、こんなヘビーな曲を、いきなり真夜中に真っ裸の状態で聞いたので、一瞬何かの間違いではないかと思いました。

   続けて聞いていると、NHKラジオの「ラジオ深夜便」という高齢者向けの深夜放送で、たまたまこの時間帯はコルトレーン特集をやっていることが分かったのですが、この後も「ソウル トレーン(Soul trane)」、「ジャイアントステップス(Giant steps)」「朝日の如く爽やかに(Softly as in a morning sunrise)」と立て続けに修羅のように暴れまくるテナーサックスがぶちかまされ、最後に超有名な「セイ・イット(Say it,over and over again)」が流れて、これってお約束やなあ、このバラードで終わるのか、と思ったら、最後に難解なバラードの「オグンデ(Ogunde)」で終了という、なんともはやマニアックな50分間でした。

 この間、わしが湯船に浸かったまま、ふやけながら聞き続けたことは言うまでもありません。

 ジョン・ウイリアム・コルトレーンは、1926年9月、ノースカロライナ州で生まれました。高校卒業後、海軍軍楽隊に入隊。除隊してからはプロのサックス奏者となり、ディジー・ガレスピーやジョニーホッジスのサイドメンとなります。
 非常にまじめな性格で、いついかなる時も練習を怠らなかったそうですが、ビー・バップ~ハード・バップというジャズ全盛時代のミュージシャンの悪弊として、コルトレーンも麻薬に手を染めるようになります。
 長らく泣かず飛ばずだったコルトレーンが転機をつかむのは、1955年にマイルス・デイビス・クインテットのテナー奏者に大抜擢されたことです。その当時からコルトレーンのゴリゴリとした直情径行型のサウンドはかなり特長のあるものでしたが、マイルスは彼の音楽性をいち早く見抜き、マイルス自身が目指していた脱ハードバップ(モード・ジャズへの進化)のバンドに適任と考えた抜擢と言われています。
 これをきっかけに、コルトレーンは16~32分音符で切れ目なく演奏する「シーツ・オブ・サウンド」という驚異的な奏法でモダンジャズの寵児となります。
 しかし彼の音楽の進化は止まることなく、次第にキリスト教に、さらにはインド哲学に傾倒。自分の出自であるアフリカの音楽にも高い関心を示します。最後はフリージャズに傾倒し、演奏時間もライブでは1曲が40分とか1時間にもわたり、それも吹きっぱなし、最後は痛々しい姿だったと言います。
 肝臓癌でこの世を去ったのは1967年7月19日のこと。享年40歳でした。
 NHKラジオ深夜便の特集も、ちょうどこの日が命日だったためのようです。

 マイルス・デイビスに見いだされたのは、この世界では比較的高齢な29歳の時でした。これを機に大ブレークするコルトレーンは、遅咲きの大器晩成型と評されます。一方、サックス奏法の飽くなき追求を続け、マウスピースが合わないので自分の歯を削った、とか、ハープやバイオリンの楽譜を使って練習した(当然、常人ではピッチがまったく合わない)とかの伝説を数多く残している努力の人でもありました。今のジャズやフュージョン、ロックシーンで普通に使われているソプラノサックスも、最初に使い始めたメジャーなミュージシャンはコルトレーンでした。

 さて、このように書き連ねたのはほかでもない、気が付くと、わしはもうとっくにコルトレーンの年齢を超えており、それにもかかわらず、何もなしていないごく普通のオッサンであることを深く自覚したからです。
 わしがコルトレーンを聞き出したのは学生の時で、もちろんリアルタイムではありませんが、ハタチ前後の若者にとって40歳というのは気が遠くなるような先の先の話です。自分のこととは信じられない、しかし現実に時間は流れ、わしはいつの間にかコルトレーンに追いつき、追い越し、ただただ惰性で馬齢を重ねています。

 昨日、日本人の平均寿命がさらに延びて長寿記録を更新し、女は86.61歳で世界最高、男性も80歳代をついに突破し、80.21歳となったことが報じられていました。
 平凡な人間にとって、これから先も平凡に生き続けていくことはどれくらい可能なのだろうか、と考えたりします。目的地も、到着時間も分からないミステリー列車には、そろそろ飽きてしまわないかと心配にもなります。
 コルトレーンは、おそらく自分の最期がよくわかっていたのではないかとも思います。すでに手遅れだったという彼の病状は、突っ走り続け、最後に倒れ込むゴールを密かに彼に示していたし、ゴールがわかっていたからこそ、彼は疾走しつづけられたのではないか、と思うのです。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ジャケがブルートレーンなのですが

匿名 さんのコメント...

 鋭い指摘ありがとうございます。  
 Bluetraineは単にこのジャケットが好きなだけで、(あと、収録曲のモーメンツ・ノーティスが好きということもあるけど)本文とは関係ありません。