2014年8月15日金曜日

【読感】なぜローカル経済から日本は甦るのか

 厚生労働省三重労働局が毎月公表している、職業安定所別求人倍率の推移を見ていると、奇妙なことに気づきます。
 求人倍率とは、求職者数を求人数で割ったもので、この数字が高いほど、その地域には仕事が多くある=景況が良い=人出が不足している という推測がり立ちます。

 三重県経済は、輸出型の製造業が多く集積する北部と、集積していない南部に大別される「北高南低」なのですが、直近の有効求人倍率を見る限り、伊勢や尾鷲といった地域が四日市や鈴鹿と拮抗しており、しかも、その月だけの新規の求人状況を示す新規求人倍率(平成26年6月)では、何と尾鷲が1.74に上り、伊勢も1.55、熊野でも1.39と、大幅な求人増、裏返せば深刻な人手不足となっていることがわかります。(リンクはこちら

 三重県南部に代表されるような「地方」、平たく言えば「田舎」は、全国どこでも若い世代が減っており、その理由は「仕事がない」からだと言われています。しかし、短期的に見る限り、統計上それは事実ではありません。地方でも都市部同様、人手は足りないのです。
 この本、なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略 冨山和彦著 PHP新書は、冨山氏自身が経営に参画している東北の路線バス会社が苦しめられている、このような人手不足のエピソードから始まります。


 その理由は、人類にとって未知の領域とさえ言える、現在から将来にわたる人口の自然減、つまり「人口減少社会」へのパラダイムシフトです。東北のように全国に先駆けて総人口も、労働生産人口も減少していく地域では、現実問題として数年前から人手不足が深刻であり、世間一般の常識とは逆のことが起こっていました。しかし、未だに人々の意識も、社会システムも、人口の増加ないし現状維持が前提でおり、変化する現実に追いついていないのです。

 冨山さんによれば、その典型的な例が現在の中小企業政策です。基本的に人は余っている前提で作られている中小企業対策は、「労働者には常に失業圧力がかかっているため、地域の雇用の受け皿である中小企業はできる限り守らなくてはならず、非正規労働者は可能な限り日本型の正規雇用に戻さなくてはならない。」という結論になります。
 これは一見正しいように思えますが、この本での冨山さんのもう一つの重要な指摘は、日本産業は輸出型製造業のように世界市場で戦う「グローバル産業」(Gの世界)と、国内産業の大多数を占める商業やサービス業などグローバル競争は事実上不可能な「ローカル産業」(Lの世界)を分け、それぞれに対して適切な目標と対策を講じないと、ますます現実とかい離していくということです。
 グローバル産業はオリンピックのようなもので、世界の企業を相手に戦い、そこで入賞できないと生き残ることができません。国境を超えた完全な自由競争であり、資金も、資源も、市場も全世界から掻き集めることが必要です。
 アベノミクスによる金融緩和で円安が進んだものの、日本の貿易収支が改善しない(つまり、輸出で儲からなくなってしまった)ことが大きく報じられていますが、これは当然で、グローバル企業は為替リスクを回避するために生産拠点をせっせと海外に移しているわけですし、大きな市場である東南アジアやインドの消費者ニーズに応える製品開発のために、マーケティングの拠点も海外に移しています。
 ならば研究開発で勝負といきたいところですが、グローバル企業の研究開発スタッフは世界の超一流大学の卒業生で、これらの人材は世界中で取り合いです。彼らエリートが日本国内で働いてくれるには、日本の居住環境、子弟教育環境は欧米に比べあまりに不十分なのです。
 
 これらGの世界に対して、政府や地方自治体が支援できることはほとんどなく ~冨山さんによれば、操業や立地の規制緩和についても、製造業ではもはや規制の多くが撤廃されており、これ以上緩和する余地は少ないそうです~、海外からの投資を促進するため法人税を減税する、株の持ち合いや会計基準など日本独特の経営慣行を改め、グローバルスタンダードな企業ガバナンスを確立する、研究開発を促進するため研究機関や企業の研究予算を増額する、といったことしかありません。

 一方のLの世界です。実は、この本の章立てのうち3つの章がローカル産業(経済圏)に割かれています。
 僭越ながら、このブログでわしも何度も書いているように、日本の地域産業の大多数は商業やサービス業などの第3次産業で、従業者数の6割、生産額の5割ほども占める圧倒的な存在です。
 しかし、政府や自治体は、まず輸出型製造業を優先して振興させ、そのトリクルダウンによって下位の地域(非製造業が主流の地域)の下位の産業(小売業、サービス業など)を底上げしようという戦略でした。
 冨山さんによれば、この認識は経済学者も同じで、加工貿易型の産業をベースにしている経済学の理論では、多種多様なサービス業は例外的な「その他」の扱いでしかありません。製造業はモノ中心なので海外展開が可能ですが、地域に密着し生活に密着したサービス業は経済合理的に移動したり、転廃業することもほとんどありません。学者にとってのこの違和感は、事実上、大部分が3次産業となった現在でも残っているそうです。

 では、わしも含めて地方の住人にとって重要なLの世界の再生はどうすればいいのか。
 エッセンスだけ書くと、
 サービス業は製造業に比べて生産性(労働者一人当たり、もしくは生産手段一単位当たりの収益)が相対的に低いのが最も大きな問題なので、生産性を向上させることが必要である。
 そのためには中小企業をなるべく潰さない、保護する、という政策を改め、新規参入を促進して、生産性の高い企業が生き残り、生産性の低い企業は円滑に退出させなくてはならない。
と説きます。
 具体的な方策として、信用保証制度を見直し、事実上債務超過となっているゾンビ企業はどんどん退出させること。一方で、倒産すれば身ぐるみはがされる現在の過酷な個人債務保証制度を改めること、などを提唱していますが、この部分は本書の核心なので、関心がある方はぜひお読みください。

 いずれにしろ、冨山さんのように実際に自分自身が企業再生に参画し、多くの再生事例を生んでいる人は、企業にやみくもに「海外展開」を勧めたり、航空宇宙、健康福祉、環境・エネルギーを「成長分野」だなどとターゲティングして補助金をばら撒くような、行政による今の「産業政策」を全く評価しません。
 そうではなく、企業はそれぞれの経営判断に基づいて合理的に選択するのだから、政府や自治体はそれを邪魔してはいけない、経営者が動きやすい環境を整えればよい、という「環境づくり」「ルールづくり」にこそ政府の力を期待しています。これは、至極当然のことのように思えます。
 

はんわし的評価(★★☆) おすすめ。ただし、産業振興関係者は必読。
 

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