2014年10月30日木曜日

お水、大丈夫でしょうか?

 お昼、とあるファミレスで定食を食べていました。
 そこへ、ポットを持ったウエイトレスさんがテーブルを周りながらやって来て、わしに

「お水のほう、大丈夫ですか?」
 
 と聞いてきたので、ちょっと新鮮でした。

 あ、大丈夫です、と答えた後に、ああ、この人の言っていることの意味は十分にわかるのだけれど、やはり日本語としては文法がおかしいよなあ・・・とあらためて思ったのでした。

 もちろん、この人が言いたかったのは、「見たところ、アンタのコップの水が少ないみたいだけど、今、私が入れてあげなくても大丈夫か?」という意味です。
 まったくの善意、サービスで、すごくありがたい問いかけです。

 ただ、こう言ってきたウエイトレスさんは、わしと同い年か、やや下くらいの妙齢の女性。おそらくお子さんに手はかからなくなったとはいえ、やはり家計を助けるのにお昼はパートをしている、という事情が垣間見えるようなタイプの方でした。
 
 ヘンな日本語が有識者の指弾を受ける時代は終わり、テレビのクイズ番組のネタになる時期も過ぎて、きわめて「現代的」な日本語の用法や言い回しが、いよいよわしら世代の日本人にも定着してきたということなのでしょう。


 もっとも、これが良いとか悪いとか言えるわけではありません。
 以前見たテレビで、最近若い人がよく使う「ヤバイ」という表現を解説していました。
 女の子が、かっこいい、シュッとした男子を見て「やばーい」とつぶやく用例だったのですが、解説者によると、一目惚れのような状況でなぜ「ヤバイ」という表現を使うかというと、男前の出現によって自分の理性が後退し、心が揺さぶられ、恋愛モードにと変わっていく、その「外部要因によって自分の心の状態が変化していくこと」を、ヤバイと自己分析しているのではないかということでした。なるほどこれなら筋は通ります。

 元々は「ヤバイ」というのは多摩か北関東だかの方言で、状況が悪くなる、不具合な状態になる、といったようなネガディブなことを表す言い回しでした。これがまったく違う、つまり、惚れる、魅かれる、といったような必ずしも悪くないことを表す表現になったのは、社会がシステム化し、窮屈になる中で、若い人の間では、おおらかに感情が振幅する経験が絶対的に減っているためではないか、と推測されるとその解説者は言っていました。
 これもそうなのかもしれません。

 で、ファミレスに戻ると、お水の「ほう」、商品の「ほう」、おつりの「ほう」のように、「ほう」という不必要に過剰な間接表現を使うのは、ワンクッション置くことで謙譲的に聞こえ、押しつけがましくないから。これは多分そうなのでしょう。

 では、大丈夫でしょうか、というのは何が語源なのでしょうか。英語で Is it OK? ということがありますが、このような言い回しが日本語に直訳されたのでしょうか。
 

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