2014年10月6日月曜日

【読感】改革派首長はなにを改革したのか

 タイトルに惹かれて読んでみたのですが、内容をひとことで言えば、地方分権を進め、なれ合いを排除し、時には独裁的な政治力を発揮する、いわゆる「改革派」と呼ばれる都道府県知事や市町村長たちを批判的に取り上げている本といっていいと思います。(改革派首長はなにを改革したのか 田村 秀著 亜紀書房

 著者の田村秀氏は、改革派首長の実績を見ると、多くは改革そのものが自己目的化しており、本当に住民のためになる改革だったのかの検証が不十分であると問題提起します。
 本来、地方自治とは地域に身近な問題を解決するために、地域の住民と一緒になって、地道でかつ着実な足取りで取り組むべきものであって、住民もそろそろ「改革派首長」への過度の期待は卒業すべきである、という論旨で一貫しています。

 田村さん自身は旧自治省官僚出身で、かつて三重県庁にも財政課長として在職していたことがあるようです。ちょうど改革派知事として一世を風靡していた北川正恭氏の在任期間と1年重複していますが、田村さんの論調は北川県政にも懐疑的なのが興味深いところです。


 著者によれば、改革派首長が取り組んだ改革の多くは、世間の注目を浴びやすい、単なる思い付きのような施策が多く、実際のところ、見るべきほとんど成果はありませんでした。
 詳しくは本書をお読みいただきたいのですが、改革派首長が一時は圧倒的な人気を誇り、住民の支持を得た理由は何かと言えば、多くの場合、ふがいない国政に対する国民やマスコミの欲求不満です。なんら決断力も実行力もない国会議員や中央省庁の官僚をバッシングし、地方分権を唱えることで閉塞している現状が打ち破れ、素晴らしい未来は開かれるような幻想が振りまかれたのでした。

 本書の核心の一つが、改革派首長のうち、特に脚光を浴びた、浅野宮城県知事、増田岩手県知事、片山鳥取県知事、橋本高知県知事といった綺羅星のような改革派知事たちによって、本当に地域経済は活性化したのかということを検証するために、在職中の県民所得の順位の推移を検証していることです。
 すると、多くの改革派知事はその在任中に県民所得のランキングを上げることには成功していません。反対に、アンチビジネスの姿勢を貫くあまり大きくランクを下げてしまっている知事すらいます。
 確かにランク降下した県のデータを見ると、県民所得、すなわち県内に立地する企業の収益や、県内に住む勤労者の所得が相対的に減少しているわけなので、そこそこみなさん、財布は苦しかったのかなあなどと想像します。
 このような「データを基にした検証」はこの本の目新しいところで、国にしろ地方にしろ、行政のやることは往々にして過去の検証抜きに「上書き」だけがされていく傾向があるので、地方自治の実務界に一石を投じたものと見ることはできます。

 一方で、改革派首長の通信簿が県民所得のみで語られていることは限界もあります。紙面の都合からわかりやすい指標にしたことは理解できますが、改革によって生まれたプラス効果は必ずしも経済効果だけではありません。住民が趣味や仕事を楽しみながら、家族や地域との豊かなコミュニケーションの中で生活する、地域のお祭りとかイベントが盛んになる、といった「コミュニティ活性化」の効果も実は大きな要素であって、その点からの効果測定はぜひとも必要です。

このほか、わしが興味深かった点は以下のような部分です。

1) 田村さんは、多くの改革派首長は、落選などによって任期が終わると、後継者に改革がほとんど引き継がれない実態があることを指摘します。
 北川知事時代に三重県庁が発祥となって全国に普及した「事務事業評価システム」が典型で、その後の三重県知事たちには軽んじられ、今では完全に形骸化しています。このようなことからも改革派首長の退場による改革の断絶は、わしにはよく実感できます。
 しかし、これは(田村さんの言うように)改革派首長がエキセントリックで性急な改革を推し進めたこと以外に、県の場合なら県会議員、市なら市会議員といった、「二元代表制」なる理屈を主張する議員の能力や意欲も深く影響しているのではないでしょうか。
 もちろん、首長を選んだ住民自身の、改革へのイメージがどう変化したかの検証も重要です。改革が行政対議会の対立という「対岸の火事」にとどまっている時はまだしも、自分たち自身の既得権削減や自助努力の必要性に及んでくると、住民は一斉に改革に反対するでしょう。
 つまり、改革が進むほど ~改革の実効性があるほど~ それは住民に拒否されるジレンマに陥るのです。自治体改革と首長、そして議会、住民との関係がどうだったかについては、今後の実証的な研究の大きなテーマとなると思います。

2) 田村さんは、橋本高知県知事が核兵器を搭載した可能性があるアメリカ軍の艦船の高知県内の港湾への入港を拒否する「非核港湾条例」案を上程したことを、本来は国の専管事項である外交・軍事問題へ権限外の地方自治体が介入するもので国益を損なうとして厳しく指弾します。
 しかし、軍事は極論としても、民政の部分では、日本の行政はもともと国と地方の活動領域の区分が不明確です。
 国道の管理を国が県に委託していることなどが典型ですが、この不明確は非常に大きな問題で、長らく国の出先機関だった県や、その末端機関だった市町村は、仕事の分野も権限も財源も重複して混然一体となっており、その意味で改革派首長の意見や行動が国政と対立し、時には越権的になることはやむを得ない面があります。

3) これはなるほどと思った点ですが、田村さんは改革派首長の跋扈を許した背景の一つに、地方メディアの弱体化を挙げます。これはその通りで、新聞やテレビなどのマスコミの影響力が退潮するにつれ、経営上の理由から地方支局にいる記者の数が削減されています。
 記者クラブから情報を「もらう」立場となるマスコミは、執行部(首長)への遠慮が生じるとともに、世間受けしやすい、小気味のいい改革のニュースは深く本質を掘り下げないまま垂れ流し報道してしまう傾向は、必然的に生まれてくるでしょう。
 これも非常に難しい問題ですが、健全な地方マスコミがない限り、改革派を任じる首長による無意味な改革(改革ごっこ)は繰り返されるのでしょう。

はんわし的評価(★☆☆) 地方自治に関心があれば、参考にはなる本

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