2014年10月8日水曜日

ノーベル賞受賞は「職務発明」議論のきっかけにすべき

 今年のノーベル物理学賞に、青い光を放つLEDを開発した3人の日本人研究者が選ばれました。青色が実用化したことで色の三元素がLEDで発光でき、あらゆる色彩が表現できるようになったことから、照明器具や信号機のほか、フルカラーの大型ディスプレイなど多くの応用製品が世に出ることとなったそうです。受賞された赤崎勇さん、天野浩さん、中村修二さんには敬意を表したいと思います。
 一方で、特許など知的財産権のことをちょっとでもかじった人間にとっては、青色LEDは知的財産をめぐって紛争が繰り広げられた、生臭い事例でもあります。
 今日の日経新聞朝刊に、そのおさらいのような記事があったのでダイジェストしておきましょう。

 受賞した3名の研究者のうち、赤崎氏と天野氏は名古屋大学での師弟関係にあり、中村氏とは研究上のライバル関係にありました。
 赤崎氏は大手化学メーカーの豊田合成と提携。昭和50年代には窒化ガリウムを原料とした青色LEDの研究で先行していました。
 中村氏は在籍していた中堅化学メーカーの日亜化学工業で研究を行っており、平成5年には当時としては最高輝度の青色LEDの量産技術を開発しました。
 これらの過程で、赤崎氏・豊田合成チーム、中村氏・日亜化学は多数の関連特許を出願しており、平成8年には日亜化学が豊田合成を提訴。翌平成9年には豊田合成が日亜化学を提訴し、訴訟合戦となったのです。(10月8日付け 「発明、誰のもの」一石)

 平成12年に日亜化学勝訴の判決が出、その後、結局両社は和解しました。しかし、この件は、さらに世間を驚かせる大きな問題につながっていきます。

 それは、中村氏が平成11年に日亜化学を退社し、アメリカのカリフォルニア大学教授に就任した際、研究の継続にからんで両者が対立し、中村氏が日亜化学に「発明対価」の200億円を請求するという有名な訴訟を起こしたことです。
 提訴から3年後、東京地裁は、青色LED実用化の特許権に対する相当の対価は604億円であると認定し、中村氏が日亜化学に請求していた200億円の対価を全額支払うよう命じる判決を下しました。

 この判決は日本の産業界にとって驚天動地のことでした。これまでも、会社に勤務している研究者が、職務の中で発明した特許権の対価について、多くの企業では、これに関する規定である特許法第35条 ~社員が職務発明の特許を受ける権利を企業へ譲渡させるという契約や勤務規則を結ぶことを認め、これと同時に、発明者である社員は会社から「相当な対価」を受ける権利を持つ~ が定める「相当な対価」とは何かについてグレーゾーンにしていたからです。

 自前で研究機関を持っている大企業などの多くは、勤務規則(職務発明規定)により職務発明を会社に帰属させており、開発した社員には「報奨金」といった名目の対価を払っています。日亜化学が中村さんに支払った金額は、確か2万円(!)だったはずです。世界を変えた大発明の青色LEDの発明者に支払われたのはほんのわずかなご苦労さん手当に過ぎませんでした。
 このようなことが許されてきたのは、一つには、職務発明はそれに至るまでに会社が研究の資金や機会を提供しているのだから、その果実も当然に会社に帰属する、という意見が優勢なこと。もう一つは日本人特有の会社へのロイヤリティの強さや、発明も研究所全体のチームワークの結果で、決して発明者一人のものではない、という集団主義が優勢なことが挙げられます。

 この、グレーゾーン ~日本の研究者のメンタリティ~ に敢然と挑戦したのが中村氏だったというわけです。
 久しぶりに読み直したこの本 発明報酬 技術者が会社を訴えるとき 岸宣仁著 中公新書ラクレ(初版2004年3月) によると、中村氏はかつてのプロ野球の三冠王 落合博満氏とよく似たメンタリティであったことがわかります。
 すなわち、少額の年俸しかもらえないようなプロ野球界では、スーパースターを目指す優秀な選手が入ってこない、と主張し、子供たちの夢となるよう「1億円の年俸」を自分に与えるよう主張したのでした。
 中村氏の論もそれと似ており、優れた独創的な科学技術こそが世界を変えるのであって、そのためには研究界に優秀な若者をどんどん引き込み、彼らが払った努力が報われるようにしなければならない。それには優れた成果を上げた=特許を取得した研究者には十分な対価が支払われるべきであり、この仕組みがなければ日本の科学技術は人材が枯渇し、成果も頭打ちになってしまう、という強い危機感を主張するのです。
 事実、中村氏の訴訟と前後して、人工甘味料の製法特許を巡り発明した社員が元の勤務先の味の素を提訴、レーザープリンタの高画質印刷技術を開発した社員が元の勤務先のキャノンを提訴、CDのピックアップ機能の小型化技術を巡って研究者が勤務先のオリンパスを提訴、など「研究者の反乱」が相次ぎ、大きな社会問題となりました。
 
 結局、日亜化学と中村氏の訴訟は平成17年、控訴審で日亜が8億4391万円を支払うことで和解が成立し、終了しました。これによって、職務発明に関する議論もやや下火になった観はありますが、今回、中村氏らがノーベル賞を受賞したことで、この問題が再び議論される雰囲気は高まってくるかもしれません。

 忘れてはならないのが、これら一覧の訴訟に懲りたのか、大企業には現在の特許法の職務発明に関する規定を改正すべきとの声が強く、政府の成長戦略の一環として、特許法を改正する動きが本格化していることです。
 現行は「特許を受ける権利」は最初は社員が有しており、それを企業に譲渡する形になっていますが、この権利を最初から企業に属する形にし、一方で発明した社員には十分な対価を支払うものとする、という概要です。
 この改正案は大きな内容変更で、中村氏が提起したような日本の科学技術や研究者の立場を大きく変えてしまう可能性があります。ノーベル賞受賞は日本にとって画期的な出来事ではありますが、現実をより良くしていく大きな力になるとは限りません。
 資本主義の世の中では、やはり報酬によってどのようにインセンティブを高めていくかは重要で、お祭り騒ぎで浮かれるのでなく、現実を見据えた議論のきっかけになることを望みたいと思います。
 
 

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