2014年12月11日木曜日

【読感】町村合併から生まれた日本近代

 町村合併から生まれた日本近代 ~明治の経験~ 松沢祐作著(講談社選書メチエ)を読了しました。

 最初はタイトルを見て、地方自治、特に市町村合併に焦点を当てた教養書と思ったのですが、ぱらぱら立ち読みしていて、著者のテーゼの立て方がたいへん興味深く、思わず購入してしまいました。

 10年ほど前に、いわゆる平成の大合併が全国的に推し進められました。これは、明治の大合併、昭和の大合併に続く「三大市町村合併」で、史上3つ目の地方自治制度の大改革、といわれました。しかし、著者によるとこれは間違っています。

 定説では、明治時代にはじめて義務教育(小学校)制度が創設されたので、江戸時代以来の村々を、小学校が維持運営できる人口と財政の規模にまとめたのが明治の大合併とされています。
 また、当時は徒歩しか移動手段がなかったので、歩いて役場に行ける距離という範囲設定も重視されたと言われてます。
 これに次ぐ昭和の大合併は、戦後の新制中学校制度創設によるためというのもまた定説であり、このことは総務省のホームページでもそう説明されています。
 この考え方によると、明治、昭和、平成の合併は、規模はそれぞれ違うものの、制度の背景と本質は同じものであることになります。
 しかし著者の松沢さんによると、明治が小学校、昭和が中学校というのは俗説に過ぎません。
 明治の大合併は、それまで日本で何千年も続いてきた伝統的なムラ(生活共同体)を解体して新しい「地方」、つまり新しく町や村を作り出す、大きな社会実験だったのです。昭和や平成の合併が、それこそ市町村の単なる大規模化だったのと、意味づけが決定的に異なっていることになります。

 それでは、明治時代に国家によって作られた「地方=町村」とは何なのでしょうか。従来の伝統的な生活共同体(これも「マチ」とか「ムラ」と呼ばれてきました)と何が異なるのでしょうか。

 それを考えるうえでの重要なポイントが、現代のグローバル社会という現実の不可思議さです。
 今の世界には、国境を越えて経済活動を行っているグローバル企業が多くあります。ごく一般的な輸出や輸入なども含めたら、資本主義経済下の経済活動においては国境などもはや存在しないも同然です。
 しかし、その一方で、国家という存在はますます強固になっています。経済活動が境界なく展開していくのに、どうしてわざわざ境界を区切って国土を定め、国民を持ち、統治機構を有する国家はなくならないのでしょうか。
 このような、境界がない経済活動と、境界を持つ国家が、二つ同時に成立する社会。これこそがまさに近代社会というものの特質だと著者は言います。
 言い換えると、明治維新を経ていきなり近代社会に突入した明治政府は、国富を稼ぐための貿易を含む資本主義的経済活動と、国家権力の確立を同時に進めなくてはなりませんでした。この過程で行われたのが「明治の大合併」により新しい地方制度を創設し、それを通じて日本と日本人全体を近代化することだったのです。

 それでは、江戸時代までのムラ、マチとはどのようなものだったのでしょうか。それは、今日的な「行政機関」とか「行政区域」ではまったくありませんでした。そこに住む人々の職業(というより、身分というべきでしょうか)と抜きがたく結びついた生活空間だったのです。
 当時はほとんどが農民だったため、ムラは農民という身分の職能集団が生きるための空間として構成されていました。農業には水利や薪・肥料採取用の山野が不可欠です。村民(農民)という職能集団と、彼らの生活手段の集合体がムラだったという理解が近いのかもしれません。

 したがって、そのムラが何藩の領地かなどということは、さほど大きな問題ではありません。藩とは殿様とその家臣団のことで、その土地から税を徴収している領主に過ぎません。領主は村民に無関心ではなかったでしょうが、今のような行政サービスを行っていたわけではないのです。
 このためムラは村民による自治と自給自足が原則で、一村で対応できない水利のような広域課題は流域の村々で共同体を作って管理し、領主からの労役や税の負担命令に対しては街道沿いの村々と共同で交渉し、というふうに、複数の重層的な関係で成り立っていました。(今でも地方自治体には事務組合制度がありますが、ほぼすべての事柄が組合構成になっていたのです。)

 そもそも、江戸時代のマチやムラは必ずどこかの藩に属していたわけでもありません。幕府の直轄領があり、旗本の知行地があり、寺社の領地があり、自治の特権が認められたマチもある、というように、藩に属さない多くのマチやムラがあって、しかもそれがばらばらにモザイク状に混在していました。
 となりのムラと領主が異なったり、ひどい場合は同じムラに領主が2人いたりすることは珍しくなかったのです。このようなムラは今日的な意味での行政機関・行政区域では全然ありません。

 このようなムラを解体して、「地方」を創設した明治の大合併は、必然的に試行錯誤と朝令暮改を繰り返します。時には強権的な命令を下し、時には村人の不安・不満を懐柔しつつ、10年以上にわたって地道に粘り強く続けられたものでした。その過程の詳しくはぜひ本書をお読みください。

 全般的な感想ですが、ハッキリ言ってこの本は難解です。日本史や地方自治制度の予備知識がないと内容が詳しすぎて話に追いついていくのが大変です。
 また、この本の主題ともいうべき「市町村合併を通じて日本の近代化を過程を見ていく」という結論部分は、EU(ヨーロッパ連合)の理念と現状の矛盾を例に引いた読み解きになるのですが、明快さというか力強さがなかったような印象を持ちました。
 しかし、町村合併と近代化という新しい視点を与えてくれた意味では大変面白く、ためになった本でした。

はんわし的評価(★★☆) おすすめ。ただしマニアックなので、地方自治体業界の人向け。

2 件のコメント:

一職員 さんのコメント...

 以前から興味があった本なのでご紹介いただきありがとうございました。はんわしさんが難解だということでちょっと引いてしまいますがトライしてみます。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 コメントありがとうございます。
 もしわが社の本社の職員の方ということであれば議会図書館にもこの本はありましたので借りてみてはどうでしょうか。