2014年12月26日金曜日

地方で就職する学生への補助金は有用か?

日経WEBより
 先週の日経新聞に載っていた、政府が地方にUターンやIターン就職する大学生に対して学費を支援する制度をスタートさせるらしいという記事は、今日、総務省と文科省が「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の一環として正式に制度創設を発表しました。

 この制度は、日本学生支援機構が新設する「地方創生枠」というもので、地方の企業への就職などの要件として学生に無利子の奨学金を貸与する内容です。そして、その学生が卒業後に要件を満たせば ~つまり、地方企業に就職すれば~ 返済を減免するとのこと。
 ただ、奨学金の財源には地元の企業などと自治体が共同で出資して基金を造成して充てられ、政府は基金を設けた自治体に対して特別交付税を交付する財政支援を行うという複雑なものです。

 関係者の間では、早くもこの奨学金が、果たして政府の唱える地方創生に有用なのかどうかの議論が喧しくなっています。

 意欲がある優秀な大学生が地方に就職することで地方企業が活性化するという肯定論と、奨学金をインセンティブにしても地方にはそもそも働く場がないので無意味だ、という否定論が拮抗していますが、わしはこのように考えます。

 まず、地方に若者が働く場が少ないのは事実で、地方での一般的な大卒者の受け皿は、県庁や市役所、郵便局といった役所か、銀行くらいなのは周知のとおりです。
 しかし、その一方で、実際には農林水産業や建設業、介護サービス業といった地方の基幹産業では慢性的に人手が不足しています。これは工場などの現場に行くと一目瞭然で、ハローワークにいくら求人を出しても若者は来ないので、外国人の実習生に頼っているか、高齢者をそのまま雇い続けている企業も非常に多いのが現実です。
 それでも大卒の若者はこのような職業に就きたがりません。それゆえに今回の奨学金のような話が出てくるわけですが、ここで重要なのは次の3つの点です。

その1
 地方にも(当たり前ですが)競争力のある、素晴らしい企業があります。優秀な製品を作っている、卓越したサービスを提供している、ものすごく儲かっている、地域貢献している、などなど。しかし残念なことに、こういった企業ですら地方にあるために若者が就職しません。
 このような企業の経営者は人間的にも素晴らしい人で、アイデアも実行力も旺盛な場合が多く、さまざまな革新にチャレンジしようと思っているのに、片腕になってくれるような若者がいないので、事業が停滞している例も散見されます。
 これは企業だけでなく、地域経済にとっても大きな損失で、このようなエクセレントな地方企業に優秀な大卒の若者が就職することが進めば、これはこの奨学金も意味があるかもしれません。

その2
 ただし、地方ではあっても産業構造は10年前とは大きく変わってきています。地方経済を事実上支えていた自動車部品の製造工場や家電の組み立て工場は、今や瀕死の状態です。
 日本全体で、産業の中心は工業から商業やサービス業に移ってきています。女の子が憧れる花屋さんや美容師やパティシエや、男の子が憧れるサッカー選手やパイロットや、そんな職業は消費者が多くいる都市部でしか成り立ちません。夢を実現するためには都会に出ていくしかないと考える若者が多いのは当然ですし、現実に多くの場合、それは真実なのです。

その3
 上記とも関連しますが、産業の発展も、コツコツと技能を習得して、改良や改善を重ねていく工業型(職人型)のイノベーションから、アイデアやひらめきによって新しい事業のコンセプトやビジネスモデルを創造していくイノベーションへと主流が変わっています。
 サービス業でのイノベーションは、人と人との出会いや交流によってしか創発されないので、いかに多くの人が集積しているかが決定的なキーになります。つまり、地方では成り立ちにくいのです。

 なので、この奨学金も、成果はやってみないとわからないという結論になります。要するに運用次第ということでしょう。
 ただ、言い忘れてはいけないのは、今までのいわゆる「地方活性化策」がそうであったように、そして、これから全貌が明らかになる「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の他の政策もおそらくそうであるように、一番大きな問題がここにはあります。

 それは、この奨学金制度も基本的に「無責任な制度」であることです。もし失敗しても誰も責任を取らなくていい、おそらく実際に誰も取らない制度であるということです。

 奨学金制度を発案したのは総務省や文科省のキャリア官僚でしょう。彼らは2年もすれば栄転していくので、実際に制度がスタートし、学生が卒業して世に出た頃にはとっくにこのポジションを離れています。成果がどうなったをを見届けることもありませんし、ましてや失敗の責任を取ることなどあり得ません。今までの「地方活性化策」もすべてそうでした。

 さらに、奨学金を免除する学生を決めるのは、地元自治体と地元の産業界です。どのような人材が地元に必要かを話し合って決定するのですが、往々にしてこのような「地元の声」が間違いだらけだというのもわしらが何度も経験しているところです。外資系企業がおらが街に来たので、急いで高校に「英語科」を作ったはいいが、その企業はすぐに撤退してしまった。SEが不足していると言ってIT系の学生を増やしたら、ITバブルが弾けて一気に人があぶれてしまった。
 このように無責任なシステム ~という表現が悪ければ、当事者がいないシステム~ であることが最大の問題であるとわしは思います。

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