2014年12月30日火曜日

2014年末・伊勢のお寺巡り(天の巻)

 伊勢市は当然のことながら伊勢神宮によって形成された宗教都市で、多くの参詣者が内宮・外宮両宮にお越しになっています。その一方で、有名な仏教寺院が伊勢にはほとんどありません。
 これは、明治維新に全国に吹き荒れた「廃仏毀釈」が、伊勢神宮のお膝元である伊勢市(当時の言い方をすれば、外宮の門前町であった山田地区と内宮の門前町であった宇治地区)では特に過激に実行されたためです。
 伊勢神宮の周辺にあった寺院はほとんどが廃寺となり、僧は還俗させられ、仏像や仏具は破却されるか売却されました。明治末期になるとファナティックな仏教破壊は見直され、山田のお寺も徐々に復興してきますが、宇治では今でも江戸時代から続くお寺は一社もありません。

 今では伊勢市民も多くの人は普通に仏事を行いますし、お参りもします。ただ、伊勢神宮やそれにつらなる神社ほど伊勢のお寺はメジャーになっていません。
 そんなわけで、年末のお参りは、お寺で行ってみることにしました。もっとも、金剛証寺や、寂照寺、大林寺、中山寺、松尾観音寺などは今までこのブログでも紹介したことがあるので、今回はわしもほとんど初めてお参りするような寺の特集です。



摂取山善光寺(天台真盛宗)
 善光寺は長野市にあるのが大本山ですが、宗派は天台宗と浄土宗の2つが並立しています。伊勢市の善光寺は天台真盛宗で、この宗派は聖徳太子を開祖とするそうですが、15世紀に現れた真盛(しんせい)上人という方が中興の祖だそうです。
 こちらの善光寺は、三重交通バスの「伊勢市駅北口」のバス停の真ん前。JRの線路と幹線道路に挟まれた真ん中に建っています。立派な山門もあるのですが、ほとんどバス停の待合所と化しています。(この時もいっぱい人が待っていたので山門の写真は撮りませんでした。)


 しかし、この門は閉ざされていて、ここからは境内に入れません。
 中に入るには、となりの不動産屋とホテルの間の通路を左折し、JR伊勢車両区の門の左側から入ります。駐車場だか何だかわからないスペースからいきなり境内になっており、おそらく往古はこの一帯すべてが境内だったのでしょうが、近代化の過程で鉄路に取られ道路に取られ、現在のこの面積にまで切り刻まれてしまったのでしょう。


 境内は、開かずの山門がお芝居の書き割りのように建っていて道路と境内とを区切っているほかはのぺーっと広がっており、街中とは思えないような空虚感があります。すぐ隣がJRの操車場でオープンスペースになっているためかもしれませんが。
 よくみると、立派な仏足石がありました。字はまったく判読できません。


 お寺には建物が本堂しかありません。ご住職が暮らす庫裏も見当たらず、誰かが生活している様子もありません。
 お参りしようと本堂の階段をのぼりかけましたが、人の気配がまったくなく、警備会社の「警備中」のステッカーがあって扉を開けようとしたらブザーが鳴るような気がして、外で拝んでそのまま帰ってきました。


 善光寺の本堂は江戸時代初期の建物だそうです。伊勢(山田)は江戸時代にも数回大火があったことが記録されています。さらに明治の廃仏毀釈、そして太平洋戦争の伊勢大空襲などをくぐり抜け、いまだに現存していることは奇跡と言っていいでしょう。(一説では伊勢市内で現存する建物としては最古だそうです。)
 ただ、見た目にも相当老朽化しているのが心配ではあります。
(所在地 伊勢市吹上1丁目11−34  伊勢市駅近鉄側改札から徒歩5分)

厭離山欣浄寺(浄土宗)
 伊勢神宮は日本で最も尊い天照大神をお祀りしている聖地であり、さまざまな名僧や高僧も訪れたことが史料に残っています。そのひとりが浄土宗の開祖・法然上人で、彼は1175年(承安5年)に伊勢神宮に参籠しています。
 参籠して7日目のこと、法然上人の前に、南無阿弥陀仏の六字が浮かび金色に輝く大きな日輪が現われました。法然は念仏が神意にかなった証であると喜び、その日輪の様子を写して外宮宝殿に納めました。
 後年、その宝殿が兵火により焼失する事態が起こりました。しかしこの日輪名号は火中から飛び出して無事であり、現在、ここ欣浄寺に保管されているとのことです。(篠葉の御名号)


 欣浄寺は、伊勢市のかつて最大の繁華街であった「伊勢銀座新道商店街」の裏手に当たり、現在は「しもた屋」と住宅が密集する一角にあります。わし、高校生くらいの時からここにお寺があるのは知っていましたが、中に入ったことは一度もありませんでしたし、ましてや法然直筆の名号で、火事でボーボー燃えている中から飛び出した、などという信じがたいシロモノがここに現存していることなどまったく知りませんでした。
 寺内に掲示板があったので見てみたのですが、


 植木がド真ん前に茂っていて、字も風雨にさらされて消え、全く読めません。とほほ。
 しかも、このお寺もあまりウエルカムな感じではなく、朱印帳などはお願いすれば対応してくれるのかもしれませんが、単に興味本位で来たわしにとって門を叩くほどの勇気も湧かず、これまた本殿の外で拝んだだけで帰ってきました。これでご仏縁ができるのだろうか・・・・


 欣浄寺も境内のすぐ裏手が線路で、伊勢志摩への観光客で満員の近鉄特急が轟音と共に駆け抜けていくのが見えました。ここも、鉄道開通以前(明治以前)はきっとのどかな田園地帯だったのでしょうが、名刹も肩身が狭そうです。
(所在地 伊勢市一之木2丁目6-7  伊勢市駅から徒歩10分  HPはこちら

(つづく)

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