2015年1月14日水曜日

燃料電池車はばかげている

 電気自動車ベンチャーであるアメリカのテスラ・モーターズのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が、水素を使う燃料電池車(FCV)について「極めてばかげている」と批判したと毎日新聞が報じています。(リンクはこちら
 北米国際自動車ショーが開催されている米デトロイトで行った記者会見で13日に述べたものとのことで、マスクCEOは水素の引火しやすさや貯蔵の難しさを指摘し、「解決は難しく、極めて非効率だ。理に合わない」と主張したそうです。
 またテスラは、2015年に約5万台の電気自動車(EV)の生産を計画するが、10年後までには数百万台を生産するとし、EV市場の拡大を予測したともあって、毎日新聞は「EVとFCVは次世代カーの主役の座を競い合っており、さや当てが激しくなりそうだ。」と総括しています。

 昨年12月に発売開始されたトヨタのFCV「ミライ」は、水素と空気を燃料にし、走行時にも水しか排出しないことから「究極のエコカー」と言われており、購入にあたっては政府が手厚い補助金を交付するとともに、水素ステーションの設置も進むと見込まれていることから、すでに1000台以上が販売、もしくは販売予約となっており、好調な滑り出しを見せています。

 しかし、月刊誌Wedgeなどをはじめ、「水素社会」なるものが果たして本当に到来するのか、かなり疑わしいのではないかという論調も一方では根強く見られます。

 いま手元にないので正確ではないかもしれませんが、Wedge1月号の「トヨタが本気の理由 水素に未来はあるか」という記事の要旨は次のようなものでした。

1)水素は地球上に無限にある物質で、日本国内で自給できるエネルギーであると言われる。しかしそれはあくまで理論上の話に過ぎず、実際には天然ガスや褐炭を採掘し、それから水素を作るしか安定的、大量、安価に水素を製造する方法はなく、海外で製造された水素を液化したりメチルシクロヘキサンに変えてタンカーで日本に運び、さらにそれをタンクローリーで運送する、という非常にコストがかかるエネルギーなのが現実である。

2)水素ガス大手の岩谷は、FCV用の水素を1立方メートル100円で販売すると表明し、これによればFCVの燃費もハイブリッド車並みになると期待されているが、この価格は「出血サービス価格」といってよく、将来持続可能な設定ではない。

3)自動車の環境性能を総合的に評価する手法として、Well to wheel(自動車の燃料の生産から供給までのエネルギーチェーンサイクル全体の環境負荷を評価するもの)があるが、これによると1km走行あたりのCO2の排出量は、ガソリン車147g・CO2/kmなのに対してFVCは260にもなり、優位性は非常に劣る。

 水素は自動車のタンクに収めるためのハンドリングが大変難しく、液化したり圧縮したりすること自体にコストがかかるということかと思います。
 また、FCVの水素タンクは事故による衝突や、火災時であっても破裂しない頑丈な構造だそうですが、それにしても可燃性のガスに全く危険性がないとも言えません。幸いにも今まで大規模なトンネル火災などが起こっていないので顕在化していないだけかもしれません。

 さらに、水素ステーションの設置がどれだけ進むかも全くの未知数です。よく言われるように、タクシーなどで活躍するLPG車は排気がクリーンですが、家庭用のクルマとしてはまったく普及していません。これもガスの扱いにくさと、ガススタンドがほとんど普及しなかったためだと言われています。もちろん、ニワトリが先か、卵が先かという議論はあるわけですが、そもそもそれまで自動車などまったく普及していなかった昭和30年代には、マイカーブームが起こると、車というハードウエアと、メンテナンス(修理工場)、ガソリンスタンド、自動車保険、自動車ローンなどのソフトウエアが同時に普及しました。白いキャンバスに画を描くのと同じですから、ニワトリも卵も同時に生まれ続けることができたのです。
 成熟社会の今ではそうはいきません。環境性こそ重視する顧客が増えているのは事実でしょうが、ボリュームゾーンは相変わらず車に経済性や利便性を重視するはずです。このような社会環境の中で、少なくともここ数十年のタームでは、FVCは決して本命にはなりえないのは事実ではないでしょうか。

 原油安が世界的に進展している中での今年の北米自動車ショーは、アメリカメーカーが大型のSUVなどをこぞって出展しており、日本メーカーがハイブリッド車など環境・燃費重視のクルマを中心にしているのと際立った違いがみられるそうです。
 このように、日本メーカーが自動車にとって永遠の課題だと信じている ~わしもそう思ってはいますが~ 燃費の飽くなき向上とか環境への配慮とかは、実は本質的な問題ではなく、自動車の開発競争の舞台は燃料(動力源)供給のインフラ普及競争とか、ICTを活用した自動運転に劇的に移りつつあるのではないか?
 そして、テスラのマスクCEOもこの競争トレンドの変化が内心は恐ろしいのではないか?

 毎日のニュースを読んでいて、そんな感想を持ちました。

 
Tesla's Elon Musk: Hydrogen fuel cell-powered vehicles are 'silly' (Link to mlive)

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

非常に時宜を得たブログだと思いコメント致します。昨夜東海地域ではnhkテレビでナビゲーションという番組が放映されましたが、この内容がTOYOTAの燃料電池自動車ミライが水素社会を到来させると、手放しで礼讃している内容でした。しかしエネルギー関係者で国内で水素社会が実現するなどと考えている人はいないことは断言できます。一部の大学研究者やガス業界の声に過ぎません。実際その番組でも水素スタンドの建設費が巨額になることは危惧として挙げていましたが水素精製そのもののCO2排出と水素の市販コストには触れずじまいです。燃料電池車は多面的な議論が必要ですがnhkでさえそのレベルです。せっかくのミライがガラパゴス自動車にならないことを祈るばかりです。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 ありがとうございます。
 以前このブログで取り上げた石井彰著「エネルギー論争の盲点」によれば、いかなるエネルギーも経済性の論点を無視することはできず、これはエネルギー自体の効率性やハンドリングの良し悪しとは別次元の問題だと指摘されていました。水素もこれと同じことかと思います。
 一般論としては、水素によってエネルギーが多様化することは良いことなのだと思いますが、これによって何もかもが一挙に解決する、みたいな論調は確かに短絡的かと思います。