2015年1月26日月曜日

津駅裏の密蔵院がディープだった

 近鉄津駅の上り方面、すなわち四日市・名古屋方面行きのホームの、やや進行方向寄りから東側(左側)の景色を見てみると、木が生い茂ったこんもりと小高い丘なのがわかります。
 今まで、この雑木林のような場所が何であるのかなど深く考えたこともなかったのですが、先日の昼休み、散歩でふと本当に偶然にここを通りかかって、この丘がお寺の境内だということを初めて知りました。
 そばまで行ってみると、白山 真言宗 密蔵院 と彫り込まれた大きな石柱が建っており、境内に登って行く階段の途中には立派な朱塗りの山門まであります。

 今まで十数年も津駅を使って毎日県庁まで通っていたのに、ここは知らなかったなあ・・・といった感じで、吸い込まれるように、導かれるように、ちょっとお参りして行こうか、という気になりました。


 階段を登りきると、予想外に大きな本堂が建っていました。
 ここは、正確には 大師山 密蔵院 と言い、江戸時代初期に開山された真言宗のお寺だそうです。
 本堂には、弘法大師、文殊菩薩、大黒天、と墨書された巨大な看板がかかっており、境内には「南無大師遍照金剛」と書かれたノボリもたくさん立っています。
 きっと霊験あらたかなお寺なのでしょう、よく見ると「伊勢西国第16番札所」「三重四国第65番札所」という看板もかかっています。
 伊勢西国とは員弁から鳥羽にかけて点在する「伊勢西国三十三ヶ所観音霊場」のこと、三重四国とは桑名から伊賀、鳥羽のエリアに点在する「三重四国八十八ヶ所霊場」のことで、ここ密蔵院は信仰の熱心な方が霊場巡りに立ち寄るお寺でもあるようです。

 本堂をお参りして、境内を右のほうへ歩いていくと、こんな看板がありました。

 写真では見にくいと思いますが、右奥の矢印は「大師山 八十八ヶ所 お山巡り」とあり、左手前の看板には「白山妙理大権現」とあります。

 わしも、よく大きなお寺などで、裏山が四国八十八か所の簡易版ともいうべきお堂めぐりになっているのを見たことはありますが、まさか津のこんな場所にそんなもの(失礼!)があるとは予想だにしませんでした。
 ちなみに、お昼12時20分ごろでしたが、人はまったくいません。

 階段を上っていくと、すぐこんな薄暗い木立になります。


 敷石で順路のようなものが作られており、高さ1.5mくらいのお堂があちこちに建っています。なんだか、こう、ヒヤッとした空気が流れています。
 上の写真の左端に途中で切れて写っているのが白山妙理大権現です。江戸時代の津藩2代藩主藤堂高次(藤堂高虎の嫡男)が病気になった際、この白山妙理大権現を祈願所としていたところ病が平癒したため、高次は大いに喜び、阿闍梨(高僧)であった朴心なる人物にこの付近の土地を与え、この寺を創立させたとのことです。つまり、この白山大権現が密蔵院の発祥ということになります。

 お堂を一つずつ見ていくと、お寺の(四国八十八ヶ所の)名前とご本尊の名前が記され、石仏が祀ってあります。割と最近のものらしい線香の燃えがらも残っていたりして、実際にここへお参りに来る方もある程度はいるようです。



 しかし、雰囲気がこんなふうですので、もし誰かと出会ったらよけい怖かったかもしれません。石仏も妙に磨滅しているものがあったりして、一体どれほど昔からここに祀られているのだろう?と思うと、不思議な感慨に打たれます。これも一種の仏縁なのかもしれません。

 しかし、この薄暗い空間にも、時々風に乗って、近鉄の電車のアナウンスとか、近くの大川幼稚園の子供たちの歓声とかが聞こえてきます。その音はけっこう大きく聞こえ、開山の昔はともかく、今はもうすっかり市街地化してしまい、まわりは道路や線路やビルばかりになった一角に、ここだけが奇跡的に昔ながらに残っていることを再認識します。
 この昔ながらの場所と今の市街地との落差が大きいゆえに、よけいある種の迫力をもって印象付けられるのかもしれません。

 とても全部のお堂は回りきれないので途中で引き返してきました。
 本堂まで降りて、さらに最初の山門のある階段を降りてしまうと、すぐに津駅西口の裏手に出ます。もう普通に、サラリーマンやOLや主婦や学生が歩いており、クルマやバスが行き交っており、ほんの5分前に密蔵院で体感したことが、まるで夢まぼろしのように思えるのでした。

■大師山密蔵院(三重四国88ヶ所のホームページ) http://www.mieshikoku88.net/65.html


2 件のコメント:

水谷 哲也 さんのコメント...

新玉亭の近くに古河の大銀杏がありますが、藤堂藩家老だった藤堂監物の屋敷にあったものです。

明治初期の兵制改革に伴う騒乱、いわゆる「監物騒動」が起きて切腹してしまいますが、監物騒動の舞台となったのが密蔵院です。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

そうなんですかあ! さすが水谷さん、歴史通ですね。
 地味な感じが強い藤堂藩ですけど、いろいろなサイドストーリーがあるんですね。それなりの大藩だったからですかね。