2015年1月27日火曜日

「平和の家」で食べた伊勢うどん

伊勢市には大きく2つの幹線道路があります。
 1つは国道23号で、名古屋方面から津、松阪を経由して伊勢市の北東郊外を通って伊勢神宮・内宮へ至る4車線の道路。(古い人は今でも「南勢バイパス」と呼びます。)
 もう一つはその国道23号の旧道にあたり、伊勢の中心市街地を通ってやはり伊勢神宮に至る、県道37号鳥羽松阪線です。

 今では観光客の多くは郊外を通る国道や、高速道路(伊勢自動車道)を使うので、県道のほうは生活道路の意味合いが強くなっており、かつてはたくさんの商店や飲食店、問屋が建ち並んでいましたが、今では普通の住宅も多くなって、休日には歩行者もほとんどいない静かな景観になっています。

 その一角、曽祢(そね)交差点の近くに「伊勢うどん」と書かれた大きな看板のある 平和の家 という食堂があります。
 先日のお昼頃、ちょっと用事があってこの付近に来ていたので、高校生ぐらいのころからここに店があることは知っていたけど入ったことがなかった 平和の家 で昼飯を食べていくことにしました。
 わしは実は小心者なので、初めて入る飲食店、特にナショナルチェーンではない地元のお店に入るのはちょっと勇気が要ります。やや緊張してのれんをくぐってみました。


 お店の前は3台分くらいの狭い駐車場があり、車は一台もいなかったので、ひょっとしてお客はわしだけではないか? そんな場合、田舎の店によくありがちな「アンタ、見かけん顔やけど、どこから来たん? 観光客かん?」とか話しかけられたらどうしよう・・・とか、不安の妄想が広がっていたのですが、意外にも先客が一人座っていて、テレビを見上げながら定食を食べていました。

 お店はご夫婦で経営されているらしく、見たところかなり年配の方です。メニューをざっと見たところ、伊勢うどんのように麺類専門ではなく、いわゆる「めしや」「定食屋」で、天丼からかつ丼から、唐揚げ定食から、一通りのものは揃っています。

 店内はこじんまりとしており、カウンターと、4人がけのテーブルが4つ5つある、何というか、本当に典型的な下町の定食屋です。昭和育ちのわしにとって、このような環境のほうがむしろ落ち着くのが正直なところです。
 お茶を持ってきてくれたおかみさんに、「天ぷら入り伊勢うどん」を注文しました。
 店内には、先客と、わしと、おかみさんと大将の4人しかおらず、わしの注文は絶対に聞こえているはずなのですが、一応プロだからか、おかみさんは「天ぷら伊勢うどん一丁」と大将にオーダーを通し、大将も「はいよ」などと返事しています。このぎこちない感じがタマランかったのですが、しばし待つこと10分ほど。

持ってきてくれたのがこれです。思った以上に豪華でした。
 このブログを見ている方のほとんどは「伊勢うどん」とは何かを承知していると思うので説明は省略しますが、要するにそのスタンダードな伊勢うどんの上に、かまぼこと、エビと、海苔の天ぷらが乗せられ、青ネギがあつらえられています。
 写真のネギの右に赤く見えるのがかまぼこの天ぷら。おせち料理に入っているような、表面が食紅で真っ赤で、中が白いタイプのかまぼこです。この天ぷらがたいへん美味しくて、ちょっとうれしかったです。
 エビと海苔は、今流行のサクサクした衣がいっぱいついているタイプではなく、フリッターっぽいポテっとした衣の天ぷらです。

 わしはよくわかりませんが、天ぷら伊勢うどんとか、肉入り伊勢うどんとかは、比較的最近のメニュー、つまり「伊勢うどん」が名物として世に売り出されるようになってきた昭和後期~平成初期に一般化したものではないかと思います。

 以前にも書きましたが、わしが住んでいた鳥羽市でも、昭和初期ごろまでは「うどん」というのは小さな丼に入ってタレがかかった「伊勢うどん」タイプで、出汁がはってあり麺にコシがある讃岐うどんのようなものは戦後まで一般的でなかったと、わしのおばあちゃんがよく言っていました。ただし、当時からきつねうどんとかかやくうどんは出汁がはってあったそうで、つまり「うどん(=伊勢うどん)」と「きつねみたいに具の入ったうどん」はまったく別のメニューと認識されていたようです。
 
 あくまで推測ですが、伊勢市でも事情はよく似たものであって、高度成長期の1970年代に国鉄のディスカバージャパンキャンペーンや永六輔氏などの影響で比較的早い時期に「観光資源化」した伊勢うどんの、応用メニューとして天ぷらだの肉入りだのが開発されたのではないでしょうか。(このあたり、事情にお詳しい方のご指摘を頂ければ幸甚です。)

 まあ、小理屈はともかく、美味しくいただいて、新聞を読んでいたら、「サービスでコーヒーが付きますけど。」というおかみさんの言葉。
 出てきたのはインスタントコーヒーでしたが、天ぷらを食べた後のコーヒーはさっぱりとほろ苦く、ありがたいサービスでした。これで650円(税込)なので、むしろ安いと思います。

 お店を出るときに、肝心かなめの質問、「ここはなぜ平和の家というのですか?」と聞いてみました。
 この質問はかなり受けるらしく、大将は、「それはやなあ、平和が一番大事やからや。」と即答してくれました。聞くところでは、大将の先代が終戦直後にここで食堂を開くとき、戦争で苦労した当時の国民の一般的なコンセンサスであったであろう「平和の大切さと平和の持続」を願ってネーミングしたそうです。
 そして、「平和の家と看板出しとると、宗教関係の店やと思う人もおるみたいでな。儲かったら平和が一番という看板に変えようかと思っとるんや。」と笑い話をしてくれました。

 また来てください、というお二人の声を背にお店を出ました。良い店に入りました。また行きます。

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