2015年2月5日木曜日

三重県産の原木輸出は初めて?

 2月4日付けの各紙の三重県内版には、わしにとって奇妙に思える記事が掲載されていました。たとえば中日新聞朝刊の三重版には「県産原木 初輸出へ期待」というタイトルで、次のような趣旨の記事が載っています。

 2月3日、三重県大紀町産といなべ市産のヒノキ原木45立方メートルが、四日市港からコンテナ船で韓国に輸出された。県内林業振興のために県が関連業者に働きかけて実現したもので、県内の原木が輸出されるのは初めて。

 しかし、わしが知る限り、県産原木の輸出は今回が初というのは疑わしいと思います。わしがかつて勤務していた東紀州観光まちづくり公社が音頭を取って、東紀州地域(三重県南部の、尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町、紀宝町の2市3町からなる地域)と和歌山県東牟婁地域の木材協同組合と、商社の協力を得て、木材業者が新宮港から原木をバラ積み船で出荷したことがあったからです。もう7年ほども前のことです。
 不況だった日本に対して、ドバイなど当時の中東諸国は好景気に沸いており建築ラッシュでした。内装材やコンクリート打設の型枠用に、木材の引き合いが多く、同じく経済成長によって中国が建築ラッシュを迎えていたこともあって全世界的に需給がひっ迫していた頃です。商社は血眼になって安価な原木を探し求めていました。
 そのころはきっと、東紀州ばかりでなく、おそらく同時多発的に木材業者による輸出は全国各地で行われていたのではないでしょうか。



 しかし残念ながら、この時の輸出は長続きしませんでした。というか、あくまでテスト出荷レベルの一回きりで終わってしまったと思います。
 その理由はいくつかありますが、東紀州には最寄りの輸出港が新宮港しかなく、ここはコンテナ用の岸壁やクレーン設備がないためバラ積みの貨物船しか使えませんでした。航路も不定期で、船賃も不安定だったため、コスト予測が難しかったことが理由の一つです。
 今回のようにコンテナ設備がある四日市港まで、トラックとかJRの貨物列車で運ぶとしても、その運賃が膨大になるので、採算は合わなかったのです。

 もう一つの理由は、原木業者が、輸出ニーズのある、わかりやすく言えば「二級品」(B材)の木材を大量に供給することができなかったからです。
 紀伊半島南部は山ばかりなので木材などどれだけでもありそうですが、多くの林業者は、同じように伐採の手間をかけるなら、少しでも高く売れるような品質の高い(枝打ちされている、まっすぐで曲がっていない)木材をまず伐採します。
 しかし、ドバイが求めているのはそのような品質が良いが価格も高い木材ではありません。森の緑が少ない西アジアの人々にとっては、木材そのものが、ある種の高級品だそうで、質はまったく問わなかったのです。むしろ安ければ安いほどよく、日本の原木市場に出荷されてくるような木材はオーバースペックだったのでした。
 しかも、輸出に必要な原木の量は大ロットなので、関係者には市場価値がないと認識されているB材を、大量に揃えることも難しかったのでした。

 わしが、林業の難しさを再認識したのはそのような出来事があったからです。長らく日本の市場慣行に合わせた事業形態だった林業は、急に降ってわいたような外需には対応できなかったし、あまり関心もなかったようでした。
 木の成長や森の手入れは、何十年、時には何百年にもわたるサイクルです。短期的な目先の儲け話には乗りにくかった事情もあると思います。

 同時に、地方経済活性化のためには海外輸出が重要な手段なのはもちろんですが、実際に輸出するためには、それなりのインフラ(港の設備、港までの物流アクセス、通関など手続きの便宜など)が整っていないと難しいことも勉強させられたのでした。

 戦後間もなく国策で進められた植林政策が功を奏して、今、国内の人口林の多くが伐採適齢を迎えています。これによって価格が安定し、輸入木材に対して競争力が生まれてきていることは事実かと思います。
 しかし、一番ネックとなるのはやはり国内の輸送コストとインフラです。今回も大紀町から原木を出荷しているそうですが、四日市港までの運賃をかけてもコストが引き合うのだとすれば、それは7年前と比べて大きな環境変化であり、アドバンテージだと思います。

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