2015年3月1日日曜日

志摩市でホテル経営会社が自己破産

 報道によると、志摩市でホテルを経営していた会社が2月3日、津地裁伊勢支部により破産手続きの開始決定を受けました。28億2千万円もの巨額負債を抱えた大型経営破綻は三重県内では1年ぶり。
 この会社は創業期はドライブインを経営していましたが、平成9年、志摩市内に部屋数158室、収容人員280人という、市内でも有数の規模となるホテルを建設しました。
 観光客を主体に集客したものの、バブル崩壊後の不況期と重なって当初から集客数は計画を下回り、平成18年には経営悪化が表面化していました。
 なお、このホテルはすでに平成23年に経営権が別の運営会社に譲渡されており、現在、営業は平常通り継続しています。

 わしは、この経営破綻のニュースの本質は、三重県の観光産業、特に伊勢・鳥羽・志摩地域に固有の問題である伊勢神宮の参詣者数の急激な増減問題と密接に関係している点にあると考えます。


 三重県(庁)によると、平成25年の三重県の観光レクリエーション入込客数は4,079万9千人で、現行の推計方法となった平成17年以降、過去最高を記録しました。増加した理由は、平成25年が伊勢神宮の第62回式年遷宮の斎行年であり、参拝者数が過去最高の1,420万人となるなど、いわゆる「遷宮効果」が押し上げたことによるものです。
 この遷宮効果は数年間は継続する傾向が見られ、さらに昨年から急激に円安が進んだことで外国人観光客も増加しており、ここしばらくは三重県の観光客数も比較的高止まりすることが確実です。

 問題なのは、観光客数を牽引してきた遷宮効果が薄れてくる時期と、その副作用です。伊勢市役所が公表している平成25年伊勢市観光統計によると、明治38年から約100年間の伊勢神宮の参詣客数の動向は下図のようになります。


 これを見ると、トレンドとしては、明治時代後期、日本の人口増加や、伊勢神宮への交通の便が向上するにつれてじわじわと参詣者は増加し、国威発揚に伊勢神宮が利用された第2次世界大戦期には急増します。
 終戦直後は反動で急減しますが、社会が安定して経済成長してくると参詣者は次第に増加傾向となり、平成25年には特異値ともいうべき激増となります。これが長期的な流れです。

 一方、短期的な動きを見ると、20年に一度斎行される式年遷宮の時期には参詣客が増加し、数年間でその反動が起こって参詣客は急減する動きを繰り返していることが分かります。

 参詣客自体の総数ベースが昭和の頃よりかなり大きくなっているので、急増の利益は大きいのですが、急減の損失も大きいことは裏腹です。伊勢神宮周辺では平成25年前後に、土産物店、飲食店、宿泊施設などの新築、増築、改築が相当数なされ、かなり大きな規模の設備投資がなされています。反動減の時期がいつになり、どれだけの規模になるかに、関係者はみな戦々恐々としているのが正直なところだと思います。

 ただ、伊勢・鳥羽・志摩はこの集客の推移を長年繰り返してきているので、そのリスクはすでに織り込み済みであると考えることもできます。
 観光客の集客には、やはり魅力のあるコンテンツを出し続けることが肝要で、伊勢神宮という日本人の精神的支柱を根本に置き、崇敬を基本としつつ、この地方の豊かな自然や食、さらにはアクティビティなどを充実させていくほかないでしょう。
 優れたコンテンツを提供できず、経営革新ができない経営者は退場せざるを得ません。そして、残念なことですが、今回の経営破たんのように、それは一定数は出てくることが避けられないと思います。

(補足)
 この表を見ると明らかですが、伊勢神宮では歴史的に、長らく外宮の参詣者が内宮のそれを恒常的に上回っていましたが、高度成長期に逆転するようになります。その経緯は、以前もこのブログに書きましたのでご覧ください。(はんわしの評論家気取り お伊勢参りが大ブームらしい 2010年5月9日


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