2015年3月8日日曜日

田舎暮らしがしたいというSさんへの手紙(その1)

 Sさん、地域おこしや移住についてのセミナーで偶然出会ったあなたが、いつかは熊野に住んでみたい、と言っていたことをうれしく思いました。熊野は、三重県民のわしには「熊野市」という市の固有名詞としてのニュアンスが強いのですが、一般的には紀伊半島最南部の、奈良、和歌山、そして三重にまたがる広大な一帯を指す、歴史ある名称です。
 この地域に住む人々は熊野人としての一帯感と誇りを持っており、それを県境で区分するのはあまり意味がないことです。ただ、わしが三重県在住なのは事実なので、熊野であっても、いわゆる「東紀州」と呼ばれる三重県南部の、尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町、紀宝町の2市3町からなる人口約8万人の地域を念頭に置いたお話になることはご承知おきください。

 もう1つ前置きです。
 実は、わしはあなたについて強い印象がありました。あなたは根っからの都会人で、あなたのご両親も祖父母も、都会に住みついて生活してきたご家庭とのこと。曾祖父(ひいおじいさん)が千葉の出身らしいと聞いてはいるけど、あなたもご両親も詳細は知らないそうです。
 昔「江戸っ子」と認めてもらうには三代続いて江戸に居住していることが最低条件だったようですが、その意味ではあなたはまっとうな「都会っ子」です。言い換えると、田舎を持っていない。そのような人に会ったのが、わしにとっては久しぶりだったのです。
 帰るべき田舎を持たない人々の田舎へのまなざしやイメージはどのようなものでしょうか。
 良い部分、悪い部分の両方があると思いますが、もし東紀州や、熊野のどこかで生活したいと思っているなら、このようなことも頭に入れて、実際に下見に来てみてください。

 東紀州のような地方が衰退したのはなぜでしょうか。若者の働く場所が少ないことが原因の一つなのはよくご承知でしょう。
 かつて、田舎は食料(農水産物)や社会資本(鉱物や木材)の生産地であり、その近くで暮らすのは合理的なことでした。第1次産業や鉱業は経済発展を支え、大きな利益を上げており、地域も繁栄していました。実際に当時の三重県の長者番付を見ると、山林王や網元といった人々が名を連ねています。
 しかし、高度経済成長によって産業構造が変化し、生み出す経済価値の多くは鉄鋼や造船、化学などの工業が担うようになってきます。それと並行して、トラクターや魚群探知機などの機械化が進み、農業・漁業の生産性(つまり従事者一人あたりの生産量)が上昇すると、地方は人余りとなり~農地や漁場は限られていますから~、余剰人員は集団就職などで工業が盛んな都会に吸収されていくようになります。これが昭和30年代のことです。
 実は昭和30年ごろまでの地方(田舎)は、戦後の食糧難や住宅難の影響で、有史以来かつてないほど人口が膨れ上がっている時期でもありました。外地や都会から多くが田舎にUターンしていたのです。もともとキャパオーバーであり、高度成長でそれが逆流したとも言えますが、いずれにしろ、昭和40年代に入ると田舎の過疎、都会の過密が大きな社会問題となり、以来、政府や地方自治体が多くの対策を取り続けてきたことは社会科で習ったかもしれません。

 では、地方で行われた過疎対策(地域振興策)とはどんなものだったでしょうか。
 まず、都会に比べて見劣りしていた道路や生活環境の整備が行われました。多額の公共工事予算が投入され、田舎道はトンネルや橋で立派な舗装道路になり、鉄筋コンクリートの校舎やホールや病院が建ち並びました。
 次に、働く場所として工場が誘致されました。地方は人件費が安く、人も真面目なので、部品製造や組立て工場が続々と都会から移転してきました。減反政策のために米を作れない農家の子供たちは工場に就職し、兼業農家となって地域コミュニティを支えました。

 これらの地域振興策で活性化した地方も多くあるでしょう。しかし、全般的に見て、地方の人口減少と高齢化傾向は止まりません。若者の多くは相変わらず都会に出ていくのです。
 農業や漁業、林業は不況どころか、後継者の確保さえままならなくなってきました。耕作放棄地も社会問題となり、第1次産業の従事者の平均年齢はとうに60歳を超え、農業では70歳近くになっています。あと10年すれば日本の農業が崩壊してしまうという心配も、現実になりそうなのです。

 そこで、地方の人々はこう考えました。農業や林業、漁業の後継者を都会から呼び入れようと。都会の若者には田舎暮らしに憧れ、自然に触れ合って生活したいと思っている人も多いだろう。彼らを呼び込んで、修行中(職業訓練中)の何年かは公共が給料を支払い、一人前になったら独立して百姓や漁師として暮らしてもらおう、というアイデアです。
 これは確かにもっともな面があって、そもそも成り手がいなければ、よそから連れてこようというのは高度成長の時の逆の発想ですね。この制度を使って、実際に農家になったり、漁師になった人をわしも何人か知っています。
 Sさんも、「田舎暮らし」と聞くとこのような生活スタイルを何となく思い描いているかもしれません。

 しかし、田舎だから農家、田舎だから漁師、という選択はあまりにもシンプルかもしれません。わしは、あなたのような「都会人」にはもっと別のことを期待しているのです。

(つづく)

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