2015年4月20日月曜日

四日市公害と環境未来館に行ってみた

 平成27年3月に開館した、四日市公害と環境未来館へ行ってみました。


 四日市市民をはじめ関係者にとっては、あまりに深刻な健康被害と地域コミュニティの分断を招いた出来事として忘れ去りたい向きもあるでしょう。
 しかし、残念ながらいまだに「四日市」は大気汚染公害の代名詞です。
 平成25年の2月、事態が非常に深刻であるとして世界的な注目を浴びた中国・北京の大気汚染(いわゆるPM2.5)のひどさを示す例えとして、日本大使館が「北京市の大気汚染は1960年代から70年代の三重県四日市市に近い状況」と説明して、在留邦人に対し空気清浄器や外出時のマスク着用を呼びかけた報道も記憶に新しいところです。

 このような負の遺産とも言える四日市公害に正面から向かい合い、当時の貴重な資料の収集や、いかに公害を克服したかを展示して、教訓を後世に伝えることを決断した、四日市市当局や関係者の皆様には敬意を表したいと思います。
 四日市公害と環境未来館は近鉄四日市駅近くにあって、四日市市立博物館も併設されており、わかりやすい展示がされているので、ぜひ多くの方がご覧になるようお勧めします。


 四日市市は江戸時代は東海道の宿場町として繁栄し、明治時代になると窯業(萬古焼)や紡績業が盛んとなり、港湾も整備されました。
 太平洋戦争期には、遠浅な海岸を埋め立てて海軍の燃料を精製する燃料廠が建設されます。これが戦後四日市市が「工業都市」に転換するきっかけとなりました。

 燃料廠は米軍の空襲で破壊され、長らく廃墟のまま放置されていましたが、戦後復興のために燃料や化学製品が製造できる石油化学コンビナートとして再整備することが決定されます。このような経緯で昭和34年、昭和四日市石油や三菱化成、日本合成ゴムなどが操業を開始したのでした。

 コンビナートは大きな経済的繁栄をもたらしました。
 しかし、このころから周辺の海で獲れた魚から異臭がする(異臭魚)騒ぎや、ぜんそく症状を訴える住民が激増してきます。ばい煙や騒音、悪臭なども深刻になり、住民からの強い要望を受けて、四日市市や三重県も対策を迫られることになりました。

 ところがこの問題は一筋縄では行きません。この当時、健康被害をもたらすようなばい煙や排水を規制する法律がなかったからです。
 また、住民の健康被害とコンビナートの疫学的な関係も立証されておらず、この種の問題では必ず起こってくる「詐病」という中傷や、親戚にコンビナート従業員がいるために健康被害があっても泣き寝入りせざるを得ない患者がいたりと、住民同士でも利害衝突が起こりました。

 この時期、日本は高度成長期に入り、日本人の生活様式は一気に現代化します。電化製品が家庭に普及し、郊外には住宅団地が次々と造成されました。
 かつての白砂青松の宿場町は面影を失い、公害も深刻化する一方でしたが、人々はもはや経済的繁栄や生活の利便性を失うことはできなくなっていたのです。
 この二律背反的な状況が、まさしく四日市公害の本質ではないかと思います。

 コンビナートに近い塩浜小学校や四日市南高校の校歌にはコンビナートの工業や煙突群のことが、科学技術による明るい未来の象徴として歌い上げられていました。(両校とも、のちに校歌の歌詞は改められることになりました。)

 当時の新聞記事や、四日市市の広報誌、町内会誌といった資料の展示は興味が尽きませんし、公害患者自身やその支援者による証言のビデオも胸に迫るものがあります。

 しかしわしにとって圧巻だったのは、公害裁判の嚆矢となった四日市公害訴訟の記録映像と、裁判資料が展示されているコーナーでした。
 コンビナートが健康被害をもたらしたとして昭和42年、公害患者9名がコンビナート企業6社を相手に損害賠償を請求した裁判には、大きな3つの争点がありました。
 一つ目は、工場ばい煙がぜんそくの原因であることが医学的に立証できるか。
 二つ目は、コンビナート企業はそれぞれ独立して操業しており、各社をまとめて加害者(原因者)と認めることができるか。
 三つ目は、コンビナート企業に健康被害についての故意や過失があるか。
 
 この訴訟は、昭和47年7月24日、津地方裁判所四日市支部が被告企業6社に対して8800万円の損害賠償を命じたことで、原告側の勝訴となりました。
 上記3つの争点にまつわる立証と反論のために裁判は5年に渡り、法律、医学、化学、環境など多くの分野の専門家が関わることとなりました。わしも、民法の共同不法行為理論において津地裁の判決(裁判長の名前を取って米本判決と呼ばれます)は画期的なものであった、みたいな話を聞いたことがあります。

 四日市公害と環境未来館の展示の最後は、判決後に企業側も公害撲滅に努力し、国も必要な法整備を行った結果、今では四日市は青空を取り戻している、というものです。確かに現在は公害を感じる場面はほとんどないといっていいと思います。
 しかし、時間帯によっては鼻を突く異臭を感じる時はありますし、当時はなくとも高齢になってからぜんそくを発症する人もおり、それらの人々をどう救済するか、といった問題は残っています。
 
 いずれにしろ、現代の産業社会を生きる人間として、ぜひ一度は向かい合い、知っておくべき重要な展示内容です。入場は無料なので、ぜひお出かけください。

■四日市公害と環境未来館  
  http://www.city.yokkaichi.mie.jp/yokkaichikougai-kankyoumiraikan/index.html#top

■バーチャル公害資料舘 ~四日市公害と環境改善のあゆみ~  (四日市市環境部)
  http://www.city.yokkaichi.mie.jp/kankyo/kogai/kogai.html

はんわしの評論家気取り 青空どろぼうを見た (2011年9月19日)

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