2015年5月18日月曜日

大阪市民よ、三重に来い

 うろ覚えなのですが、ブロガーの池田信夫氏が「日本ではすでに議会制民主主義は崩壊している。」というような記事を書いていました。
 歴史を振り返ると、議会制民主主義というのは、国王が専制によって民衆に税金を賦課したり、集めたお金を勝手に使ってしまわないために民衆の代表が国王を監視して、皆の話し合いでルールを決めるために生まれた制度です。つまり、税金を払う人がその使い道も決める、ということが本旨です。
 ところが今の日本では、税金を払う人よりも使う人のほうが多い ~言うまでもなく、若年者や中年者が納税した資金を、多数派の老齢者が年金や保険として受け取っている~ という構図になっています。
 つまり「税を払わない人が使い道を決めている」のであって、「税を払う人が使い道を決める」という原理原則が破たんしているというのです。
  急激な高齢化は日本にさまざまな変化をもたらしていますが、未来志向であるはずの議会制民主主義が現状維持志向を強め、変革を拒めば、現状の打開はますます難しくなるでしょう。

 こんなことを考えたのは、僅差とはいえ大阪都構想の提案が退けられた、昨日の住民投票の結果を見てです。ここ何十年間か同じように続けられてきた、そしておそらく良かれと思ったにもかかわらず効果がなかった大阪市の都市政策、地域振興策が、これからまた同じように続くであろうことが決定したからです。

 この問題は大阪市民にとっての重要課題であると同時に、大阪という日本を代表する大都市の経済成長に少なからず依存している西日本広域の住民にとっても大きな関心事でした。
 このまま大阪が座して死を待つのは日本にとって大きな損失であることは確かで、大阪都構想はその有効な対策となるとわしも思いました。
 しかし、市民は反対を選びました。賛否は拮抗していましたが、そもそも投票率は67%程度で、3割の市民は無関心の白紙委任だったのですから、やはり賛成は少数だったのだと思います。

 このことは、地域活性化(最近は「地方創生」などと看板が掛け替えられていますが)を進める上で、地方自治体の組織のあり方や、「入れ物」論ともうべき制度設計の議論は、今後しばらく一服することを示唆しています。
 府県や市町村といった自治体のあり方を議論するのでなく、既存の組織を所与とした全国1800もの自治体が、国の財源をあてにチキンレースを繰り返すと図式がいっそう定着するのでしょう。
 地方創生の重要な議論の方向性の一つが失われた点でも、このダメージは大きいと感じます。

 そして地方の自治体では、もう一つのレースが始まるとわしは予想します。
 それは、自らの改革・革新をなし得なかったことに失望した心ある市民、特に稼ぐ力を持っている企業の経営者などをターゲットにしたレースです。
 すなわち、大阪市内より有利な条件で事業活動ができ、より容易に健全な働き手が見つかり、生活環境もいい市外の近郊地域の自治体が、大阪市の優秀な企業やスキルの高い市民を「誘致」しようという競争です。
 現在、国では本社を大都市部から地方に移転する企業に対してのバックアップを強化しています。地方の県や市なども本社移転企業への補助金や、働き手のUターン、Iターンの支援を充実させています。
 まさに渡りに船。
 大阪市に残っていても、これから高齢の市民たちに足を引っ張られるだけの人々が、大阪市に愛想を尽かしてひょっとするとおらが県、おらが市にやって来てくれるかもしれない。いや、現実にその動きはここ数年で強まってくると思います。

 今までは田舎が都会に収奪されていました。これからは、農地や地域コミュニティといったソーシャルキャピタルが厚い田舎が、都会を収奪する ~というと大げさでしょうか~ 番になるのかもしれません。

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