2015年5月6日水曜日

答志島で思ったこと

 ゴールデンウイークの中日、鳥羽湾にある答志島(とうしじま)に行ってきました。
 答志島は伊勢湾にある最大の離島で、3つの集落があって人口は合わせて2300人ほど。鳥羽市の人口が約2万人なので、市民の10%以上は答志島の住人が占めていることになります。


 答志島へは鳥羽市営の定期船を利用します。所要時間は3つの集落のどこへ行くかで若干違いますが、わしは最も本土側に近い、桃取(ももとり)地区から入島することにしました。
 これだと鳥羽マリンターミナル(佐田浜港)から所要時間10分ほどです。


 定期船は一日10便ほどしかないので、船が付くと桟橋には多くの人でにぎわいます。


 今日の目的は、答志島にこの3月に新しくできたという「天望山レイフィールド」なる展望台に行ってみることでした。
 標高80mにある絶景スポットとのことで、「答志島で一番太陽に近い場所」として「光線(Ray)」にちなんで命名された施設だそうです。
 観光集客効果への期待も高いらしく、島の入口である桃取港にも立て看板くらいあるのかと思ったら、まったくありません。

 しかたなく、まあこっちの方角だろうということで、東西に長い答志島を横断する県道、いわゆる「答志島スカイライン」を和具地区に向かってとぼとぼ登っていくことにしました。

伊勢志摩きらり千選ホームページより


 スカイラインといっても幅6mほどの道路です。たまに軽トラが通りかかるくらいで、サクラ、クヌギ、ナラ、カシなどの広葉樹が生い茂る山々と、眼下に伊勢湾が望め、快適なウォーキングができます。(ただし、トイレとか休憩施設はありません。)

 ひたすら歩くこと約50分。


 「スカイライン」がピークを越えて、やや下りにさしかかって来たころ、山の上のほうから子供たちの歓声が聞こえてきました。ふと見ると、新しい砂利敷きの道が伸びており、ああここが天望山か、と思って急な階段を登って行きました。(看板などはまったくありません)

 登り口から3分ほどで、天望山レイフィールドに到着しました。


 木製で真新しい、遊園地の遊具が大人サイズになったような不思議な構造物です。すでに先客の親子連れが何人かいて、記念写真を撮ったりしていました。

 景色はこんな感じ。北東方向は、神島、渥美半島が見えます。


 南東方向は菅島(すがしま)、坂手島、鳥羽市街が見えます。まさに絶景です。


 しかし、こういう場所に来ると幼い子供が必ず「ヤッホー!」と叫ぶのはなぜなのでしょうか?
 (こちらのブログblog.of yutanidesignにきれいな写真がたくさん載っています。)
 
 スカイラインに戻り、和具地区への下り坂をどんどん降りると、右手に答志中学校の校舎が見え、やがて和具の旅館街に辿り着きます。この辺りは温泉が湧出し、日帰り温泉をやっている宿もあるようです。目の前には砂浜が広がり、夏は海水浴客でにぎわうことでしょう。
 
 ここ和具地区には、九鬼嘉隆の首塚というものもあります。一介の紀伊水軍の首魁から身を起こし、最後は志摩国5万石を拝領する大名にまで出世した戦国武将、九鬼嘉隆が終焉を迎えた地です。
 写真は乗せていませんが、ここも絶景スポットなのでおススメです。

 というように半日楽しく遊んだ答志島でしたが、しかし、わしにはある種の疑問というかが芽生えたのも事実です。
 くどいようですが、地域住民グループの参画によって完成した新しい観光スポットとしてマスコミでも報道され、商工会議所や答志島のホテルのサイトでも紹介されている「天望山レイフィールド」があまり盛り上がっていないように見えたこと、具体的にはここを紹介する看板も案内板も、マップやチラシすら一切ないということです。
 要するに、ここを売り出したいのか売り出したくないのか、島外から観光客を呼びたいのか呼びたくないのかがよくわからないのです。
 天望山の整備には国の補助金など700万円がかかっているとのことですが、結局は今までにもよくあったハード整備事業であり、作ったらおしまいで、活用にはあまり関心がない ~オープニングの時は華々しいイベントもしますが~ とも邪推できるのです。

 これは、何も答志島だけを意地悪くあげつらう意図ではありません。
 これまで全国各地で繰り広げられてきた、過疎地域、離島地域、中山間地域などの、いわゆる地域活性化、まちおこし政策の中身はこれと似たようなものが多く、結果的に人口増加にも、所得の増加にもつながっていない事例が多いのです。


 これらは、元祖「地方創生」、または本家「まち・ひと・しごと創生」とも呼ぶべきものであり、今まで成果がなかった施策を看板を架け替えて繰り返しても、また同じ結果でしょう。

 政府は、地方創生は省庁間の縦割りを排して地方への予算バラマキにしないことを提唱し、成果目標を数値化するなどの改善努力もしていますが、良い悪いは別として、多くの地方の住民は、少子高齢化しており地場産業が不振といっても、それですぐに命が取られるわけでもなし、今までの生活様式を捨てて新しい生活や職業に進むことなど考えてもいないし、そもそもできないことです。

 国VS地方という図式は、自主性を求める地方に国が方針を一律に押し付けることと捉えられるのが多いのでしょう。が、実はそうではありません。多くの地方は、自分たちは別に困ってもいないけれど予算がつくなら何かやりましょう、市役所さん、考えてください。わしらも陰で応援しますから、というスタンスなのです。
 市役所や町村役場は、国や県から降ってくる大量の予算をどうさばくかに翻弄されます。予算獲得のためには期日までに「計画」や「戦略」を作って国に認めてもらうことが必須なため、時間も人手もなく、仕方なくコンサルタントに外注すると、それがまた「有識者」からやれ手抜きじゃ丸投げじゃと批判される。
 こんな「地方活性化」って一体なんなのでしょうか?

 もう一つ、現地に行ってみてよくわかったこと。
 これは答志島特有の事情なのかもしれませんが、島民は交通法規を守っていません。狭い島内はスクーターが多いのですが、わしがすれ違った数十人、全員ノーヘルでした。なかには70くらいのじいちゃんが、3つか4つくらいのお孫さんを膝の間に立たせて(もちろんノーヘルで)スクーターを走らせているのも何台か見ました。
 軽トラも多いのですが、全員シートベルトをしていませんでした。しかも荷台に子供や年寄りを数人乗せて走っている、中国かと見まごう光景も数台見かけました。(答志島内には鳥羽警察署の交番もあるのですが・・・。お巡りさんもつらいだろうなあ。)

 交通ルールですらそうなのですから、島の住民と島外者の価値観がさまざま違っていることは容易に想像できます。
 このような、独特の生活習慣、もっと言えば倫理観や順法精神や、を持つ地域があることは、日本の多様性とも言えるし懐の深さでもありましょうが、別の見方もできるでしょう。地方創生とは全国でこのような「地方」に、これからどんどん税金をぶち込むという話なのです。
 

0 件のコメント: