2015年6月28日日曜日

地方分権を思い起こさせる・・・

 三重県(庁)と厚生労働省三重労働局が「若年者雇用対策推進宣言2015」なるものを共同で発表しました。新規学卒者への就職支援や非正規雇用で働く若者等に対する支援などを県と三重労働局が連携して行っていくとのこと。
 最近このように、国の出先機関と県や市町村といった地方自治体が「連携協定」を結んだというニュースをよく見聞きします。国にしろ地方にしろ、行政機関は住民のためにあるので、どのような形にしても住民サービスの質が向上するのであればそれは良いことなのかもしれません。
 今回の「若年者雇用対策推進宣言2015」も、アベノミクスの影響で全国的に失業率が低下している中で、三重県内でもいっそうきめ細かい求職者支援を行ったり、雇用を生み出す企業への支援が行われるのは総論として良いことなのでしょう。
 しかし同時にわしが不思議に感じるのは、「若年者雇用対策推進宣言」という仰々しいネーミングに比べて、実際に行われる施策がたいへんに小粒な感じがすることです。
 言い換えると、新規高卒者への個別支援や企業への研究会などは、推進宣言だの連携協定だのという以前に、当然に国(労働局やハローワーク)や県が協力して行うべき業務なのであって、なぜわざわざこのようなセレモニーを経なくては実行できないのかがよくわからないのです。



 このような「宣言」が県と労働局で結ばれるのは全国で初めてとのことだそうです。それでは「推進宣言」が行われていないよその県では、国と自治体の協力は行なわれていないということなのでしょうか? 
 だとすると、厚生労働省が各県の労働局を通じて全国民にあまねく行うべき雇用促進施策は、宣言がある県とない県で差があるということなのでしょうか??
 そんなことがあってはならないことなのは言うまでもありません。
 国民が政府から受けるべきサービスに、住む地域によって差があることは、法の下の平等原則にも反するからです。ではどうしてこんなものが仰々しく出てきたのでしょうか。

 この「若年者雇用対策推進宣言2015」なるものに対するわしの想像はこうです。

 三重労働局のような政府の出先機関は、霞ヶ関の本省で決まった政策を、配分された予算と人員で着実に実行することが使命です。つまり、出先機関に自主的な政策を立案し、実施するような権限とか裁量は与えられていません。

 昭和の時のように、国と県の関係がある種の上下関係にあって、労働分野といtった専門領域の実務能力にも差があった場合、国の各省庁が各県に自省の出先機関を配置するのは合理的でもあったのかもしれません。運輸省の陸運局しかり、建設省の工事事務所しかり。
 しかし、県の行政能力が高まり、地方分権も進んだ今、各省の出先機関が各県ごとに置かれている合理的な理由などほとんどありません。三重労働局も同じで、警察権を持つ労働基準監督署などは別として、労働局やハローワークを厚労省が各県に置いて直営する必要はありません。
 東海3県なら名古屋あたりに広域を統括する労働局を置けば十分ですし、ハローワークは業務そのものを県に移管すればいいのです。
 基本的に国の出先機関はベーシックで地味な業務だけなので、一種のルーチンワークで派手さがありません。
 しかし、これではあまりに「地味」でおもしろくないので、たまたまトップに立っている(所長とか局長とかの肩書きの)官僚が、県と宣言するだの連携するだのといらない仕事を作って目立ちたがり、本来当然やるべきことに過ぎない業務にもったいを付けているだけなのです。
 
 国(政府)の借金はついに1000兆円を超えるという天文学的な数字になっています。ギリシャ以上の深刻な財政危機なのは実は日本なのです。

 最近すっかりこの議論が鳴りを潜めているのが残念ではありますが、国は無駄な業務を ~不必要という意味だけではなく、国は直営で実施する必要がない業務という意味からも~ 洗い出し、不要な役所は廃止し、人員は整理し、住民に身近な地方自治体に権限と財源を委譲することは国家的危機を乗り越えるためにも避けて通れないことです。
 わしは、どうでもいいことにうつつを抜かしている労働局は廃止し、ハローワークは県庁に委譲すれば、もっと安上がりにもっと住民密着の雇用労働行政ができると思います。

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