2015年8月17日月曜日

鳥羽志摩のタブー、そして曲解

 一連の碧志摩メグ問題で、わしはきっとこんな論評というか、ものの見方も出てくるであろうと密かに予測していたことが、今日、堂々とグーグルニュースに掲載されていました。
 BIGLOBEニュースのリンクで、昼間たかしなる人物が書いたという もともと売春で栄えた地域なのに......三重県志摩市の海女「萌えキャラ」をめぐる不毛な論争(8月14日(金)13時0分)という記事です。

 この要旨は次のようになります。

1)三重県志摩市が公認する萌えキャラ「碧志摩メグ」の公認撤回を求める署名活動は、さまざまな議論を呼んでいる。批判の内容は、露出した脚を指して「女性蔑視である」「海女の文化やイメージを損なう」というものだという。いずれにしても議論は「碧志摩メグ」の性的要素、有り体に言えば、エロいことの是非へと収斂されているようだ。

2)だが、こうした議論の中で放置されていることがある。それは、リアス式海岸が連なる鳥羽から志摩にかけての地域は、古くから、行き来する船が立ち寄る風待ち港として栄えてきた。その必然として、"はしりがね"と呼ばれた遊女たちが当たり前のように存在していた。港に船が入ってくると小舟で出かけていき、船上で春をひさぐのである。

3)この売春の形は、明治時代になり帆船が汽船となって風待ち船が減少すると寂れていった。明治33年に政府が娼妓取締規則を定めたことで終焉した。とはいえ、この地域の売春が消滅したわけではなく、客は伊勢参りの観光客へと変えて続いていった。戦後、売春防止法の施行後も、一部の地域では公然と売春が行われたように、売春はこの地域では伝統的な産業であり、当然存在するものであった。

4)このような独自の性文化が育まれた地域で、萌えキャラに対して「女性蔑視」といった批判が上がるのはなぜか。それは、そうした歴史をなかったことにしたいという意志の表れであろう。来年開催される「伊勢志摩サミット」を前に、「売春の存在は地域の恥」という意識が人々のどこかに存在しているのである。

5)つまり「碧志摩メグ」への批判は、女性蔑視でも特定の職業を貶める行為でもなく、過度な社会浄化の気運の表れといえる。「オタク絵は気持ち悪い」だとか「オタク絵は気持ち悪いが、それを気持ち悪がるのは差別だ」とか論争を繰り返す前に、地域そのものに性的要素のある文化が根付いていることに目を向けるべきだろう。

 これは驚くべき論評です。
 ここまで書かれた志摩市民とか(鳥羽市民もか)、何だか「はしりがね」と同一視されているように見える海女たちはどう思うのでしょうか。
 なお、この要旨はわしの文責なので、念のために昼間氏の本文を確かめたい方はリンクからご覧ください。(リンクはこちらです)

 この昼間氏の議論を補足すると、「はしりがね」と呼ばれる娼婦が志摩(現在の鳥羽市を含む)地域一円に存在したことは事実です。
 しかし、このことは昼間氏が言うように「それは、志摩市を中心とした地域が特殊な性風俗の文化を育んできた土地であるということだ。」ということではありません。
 今日的に言えば当然に売春は倫理上問題がある行為であり犯罪でもありますが、江戸時代、耕地がほとんどないため生産力が低かった漁村においては、女性が現金収入を得る手段として数少ない仕事でもあったわけです。
 さらに言えば、農村や山村でも一般の女性が、農閑期に ~今で言えばパートタイムとして~ 街道の宿場町などでこの種の仕事に出稼ぎに出ていたのは、江戸時代には全国のどこでも見られるごく一般的な現象でした。
 このことは、江戸時代の道中記などには当たり前に書かれています。皆さんも図書館などでご自分の郷土史の本などを探せば、街道や港に「飯盛り女」がいたことは必ずすぐに見つけることができます。(たとえば、「伊勢詣と江戸の旅 金森敦子著 文春新書」などをお読みください。)

 もちろん、中には生活苦による人身売買もあったでしょう。遊郭の娼妓などはこの種の話ですが、はしりがねはそうではなく、一般の女性が副業として従事したケースが多いのです。
 生産力が低く、現金収入がない、あるいは寡婦などの生活の糧を持たない女性たちは、今思えば悲しい話ではありますが、苦しい生活境遇にあっても、はしりがねや飯盛りをやってたくましく生き抜いていたのです。

 このような、当時としては田舎の寒村では決して珍しくない(繰り返しますが、今日的な価値観で、このことが許されると言っているわけではありません)生活様式を、「特殊な性風俗の文化を育んできた土地」などというのは、昼間氏が碧志摩メグ問題を膨らませ、志摩地域を貶めたい意図だからではないでしょうか?
 我が祖国、日本の歴史は長い。
 男女同権の民主社会となり、人々が貧しさから抜け出す経済的な繁栄を勝ち得たのは、たかだかここ数十年のことに過ぎません。昔は皆貧しかったのです。その中で、親のため、子のためと思って歯を食いしばって生きてきたのです。そのことにもう少し思いを馳せるべきでしょう。

 一方、昼間氏が具体的に名前を挙げている、志摩地域のある場所が、売春島としてつい最近まで週刊誌やスポーツ紙に大きく取り上げられていたのは事実です。これは三重県にとって一種のタブーであり、このことに触れてはいけない、という雰囲気をわしも感じたことがあります。

 ただ、強調しておきたいのは、当然ですが、この地域の住民全部が関わっていたわけではなく、ごく一部の人が関与していたに過ぎないということです。
 大多数の一般住民は、自分の出身地がこの種の不名誉な代名詞となっていることを恥じており、汚名返上のために、健全で安全な地域づくりに努力してこられました。その努力もしっかり受けとめなくてはいけません。
 現在では、警察による取り締まりもあってか、そのようなことも聞かなくなりました。
 これは海女とかサミットとかとは何の関係もありません。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

元ネタがゴシップ記事に近いので、はんわしさんがわざわざ評論する話でもない気がします。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 ありがとうございます。しかし、あまりにわけのわからない事が書かれていたので。