2015年8月20日木曜日

津・大門商店街がアーケードを撤去へ

 津市を代表する商店街である、大門(だいもん)商店街 ~正式名は「大門大通り商店街振興組合」~が、現在、南北240メートル、東西90メートルにわたって設置しているアーケードを、平成29年度中にも撤去する方針であることが報じられました。

 大門商店街は、和銅2年(709年)に開山されたとの由緒を持つ津観音寺の門前町として形成され、江戸時代に津(安濃津)の城下町が整備されて、伊勢神宮に至る参宮街道を多くの旅人が通るようになると、街道随一の繁華街として栄えてきました。

 戦災でいったんは灰燼に帰したものの戦後すぐに復興され、最盛期には最寄品、買回り品の多くの小売店のほか、飲食店や喫茶店、美容院、映画館などが集積しており、アーケード中心部の休日通行量は昭和53年には約7500人もありました。しかし平成14年には約1000人に減り、平成26年の調査では約870人にまで落ち込んでいます。
 アーケードの維持管理は商店街振興組合が組合費で行っていますが、近年は空き店舗が増えたために予算も減っており、さらに近年実施した耐震調査で、耐震化のために1億5000万円もの費用が必要なことが判明したことから、撤去の決断になったとのことです。(YOMIURI ONLINEより リンクはこちら


 わしはこのブログでたびたび大門商店街をおちょくった記事を書いてきましたが、全国のあらゆる地方都市において商店街が停滞している中、大門商店街だけが無傷であることは客観的にあり得ない話です。
 むしろ、ここでは近年、津観音寺とタイアップした縁日やイベントの開催や、店主有志グループによる生鮮品などの露店販売(五十市/ごといち)の定期開催など、商店街の活性化に精力的に取り組んでおり、伊勢市のおはらい町のような観光客向けの特殊な商店街の例を除いて、三重県内としては比較的前向き姿勢で、成果も生まれつつある商店街でした。
 このような商店街でさえアーケードの維持が困難であるということは、空き店舗の増加がボディーブローのように効いてきた典型であり、こことよく似た事例は、三重県内を始め全国各地の商店街で広がっていくであろうことを予兆させます。

 アーケードは、主に昭和40年代に国(経済産業省)によって主導された商店街近代化事業によって全国の商店街で建設が進みました。その当時は市民が買い物をする場所が商店街しかなかったので、買い物客の利便性を上げるとともに、街のアメニティ(快適)施設としての公共性もあるということで、税金が投じられたのです。これには一定の合理性があったと思います。
 同時に、税金で賄われるのはイニシャルコストだけなので、電気代や清掃費、点検費、さらには保険料、修理費などはすべて商店街が負担する必要がありました。
 自治体によっては公道にアーケードが設置されているため、照明が街灯扱いとなって電気代を自治体が負担しているケースもありますが、一般的にはアーケードにまつわる費用は商店街が繁栄し続けることによって自己負担を継続していくことが前提となっています。

 設置主体や維持管理主体であった企業や商店街や、自治会などが維持費用とか管理人員を捻出できなくなり、放棄・撤去せざるを得なくなる公共インフラは、今後各地で急増してくるでしょう。
 それを税金で賄い直すことも財政難の現在では難しいことです。すでに人口減少モードに入り、人口オーナスを迎える日本が、地域社会の衰退をいやでも実感させられるムーブメントとなりそうです。

■大門商店街 大門どっとこむ   http://zdaimon.com/
 
(追記)
 商店街としてはアーケードの発想を変え、空の下で買い物や散策ができるような環境づくりに取り組んでいくしかないでしょう。これは最近の消費者ニーズとも方向性は一致しています。ピンチをチャンスに変えていけるよう期待したいところです。

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