2015年8月26日水曜日

奇妙なサムライたち

 北陸地方のある県で、伝統的工芸品産業に従事している職人たち7人がグループを結成して、共同でデパートに出店したり、伝統技術を活かして現代の市場にあったモダンなモノづくりをし、流通させる活動に取り組んでいるそうです。
 伝統産業振興の意味では非常にいいことだと思います。そう思う反面、わしは正直言って、少々引っかかるものがありました。
 このグループは「七人の侍」と名乗っているとのことなのですが、彼らは数百年もの歴史がある伝統工芸を伝承している職人、いうなれば匠(たくみ)たちです。今ふうに言えば職業軍人の身分であり、何も生産しない、何も流通させない、つまり何の付加価値も生まない人々である「サムライ」を自称する意味が、わしにはまったく理解できないのです。
 彼らは2つのことを誤解していないでしょうか?

 一つは、侍という士分の人たちは、基本的には生産活動、商業活動を軽蔑していたことです。
 これは職業軍人としての生活様式、生活習慣としては当然のことで、戦になればいつでも命を捨てられるよう、現世利益的な金銭の享受につながる商売に関わらないことは鉄則でした。
 もちろん、江戸時代の地方在住の武士は農業に従事している例が多くありましたが、それは飽くまで食料を得るための自給行為ですし、番方(お城の警備兵)のように勤務日が極端に少なく俸給も低かった武士が、副業として傘張りや工芸品作りをしていたのは史実ですが、かれらは食うために仕方なくやっていたのであって、手工業に従事していることは堕落した、恥ずべきことなのでした。 
 このように職人を蔑視する価値観の侍に、技を持ち、価値を作り出せる匠たちがなぜわざわざ自分たちをなぞらえるのでしょうか?

 その理由として考えられるのは、侍は志や大義に生きた気高い人々で、それに比べて職人や商人は卑屈で、利益のためには節を曲げることもいとわない、一段低い人々だったという思い込みがあるのではないかということです。
 自分たちが従事する伝統工芸品づくりは、すでに明らかに現代の消費者の生活様式とは乖離しています。もはや生活必需品とは呼びえないことは職人たち自身がよくわかっています。
 ある種の滅びの美学の中で、しかし伝統が受け継がれた製法を筋を曲げずに(金銭的な誘惑に駆られずに)貫き通す、という意地を侍の姿勢と重ねているのでしょうか。
 しかしこれは間違いです。

 本質的なのは、この2つ目の誤解です。
 学校で学ぶ日本史は(世界史もそうですが)、史料となる文献が多く残っている分野の記述が中心にならざるを得ません。史料が多いのは、読み書きができた支配階級に関するものであることは当然で、したがって、政治や裁判、税、法制、宗教などに関するものが多いことも当然です。どうしても勝者の歴史になるので、権力を握った支配者や支配階級 ~武士たち~ が正統であるようにわしらは教育されてしまっているのです。

 しかし資本主義の今になって考えてみれば、社会を支え、政治を動かしていたのが、実は経済の力であることはコンセンサスと言えるでしょう。
 武士に比べると劣った人種であると思われている農民が、実は耕地の開墾や水利の開発、作物の品種改良、栽培方法の改善に努力を重ねており、商人は航路の開拓し、為替による送金・換金システムを普及させ、先物市場さえも発明していました。職人は超労働集約的な高付加価値な手仕事をしており、江戸時代後期には現代にまでつながっている日本各地の「特産品」がほぼ出そろい、生産され、流通していました。
 江戸時代の日本は非常に高度な経済社会であり、むしろ政治 ~統治機構というべきか~ が停滞し、自由であり経済力も強い一般庶民をうまく統治できなくなっていました。
 江戸時代は、深く知れば知るほど地方分権的で、重層的な職能社会です。農民や商人、職人などが各地で自律的な集団を作っていたので、社会全体がうまく動いていたのです。

 ところが、明治維新を迎え西欧列強に対抗する必要性が強調されると、富国強兵の侍的な価値観に殖産興業の商工人的な価値も従属していくようになります。昭和に時代が下ると、総力戦のための国家総動員体制が軍部や官僚が主導して進められましたが、太平洋戦争敗戦後もこの体制の本質は変わることなく、戦争は「経済戦争」に引き継がれました。

 高度成長期のエコノミックアニマル、モーレツ社員を生み出した土壌はここにさかのぼるわけですが、「侍は尊く、商人職人は一段低い」という価値観は、やはり高度成長期にサラリーマンに愛読された司馬遼太郎などの時代小説(ジュブナイル)が膾炙した結果です。

 この誤った歴史観を正すには、相当な時間がかかることでしょう。侍を自称する「志が高く、節を曲げない」職人たちが、資本主義やマーケットインのものづくりと正面から衝突する羽目となり、全滅してしまわないことを祈るばかりです。
 あなたがたは職人なのです。そのことにもっと誇りを持ってください。
  

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