2015年8月3日月曜日

今必要な「ユーザーイノベーション」(マニアック)

【読感】イノベーションの誤解 鷲田祐一著(日本経済新聞出版社)

 今の日本はかつてのように世界をリードする工業製品を輩出することができません。その理由は、一般的には「イノベーション」、つまり技術進歩や発明などを含めた「革新」、が日本では生まれにくくなっているためと理解されています。
 この対策として政府は、科学技術の振興や研究人材の育成に注力しており、現実に日本国内の大学や企業、研究所では日々さまざまな研究がなされています。が、大きな成果はまだ明確には現れていません。

 この一方で、日本の製造業の現場では、従業員が製品の改良や生産工程の効率化のための、様々な提案や試行にボトムアップで取り組んでいます。この「カイゼン」こそが日本の現場の強みであり、日本の「ものづくり」の競争力の源泉はここにあるという説明も多くなされます。

 しかしこの本の著者である一橋大学准教授の鷲田さんによれば、近年の日本の「ものづくり」は「ユーザーの不在」が顕著であり、ガラパゴス化が進んでいます。これを一言でいえば、日本人はイノベーションを誤解しているためであり、正しい方法、すなわち企業や開発担当者はユーザー(顧客・消費者)からのフィードバックを、もっと積極的に開発や改良のプロセスに取り入れることが必要だというのがこの本の趣旨です。
 非常に興味深い内容だったので、ごくかいつまんでレビューしてみます。

 この本の記述は非常に多岐に渡ることと、核心部分とも言える、ユーザーに製品の情報がどのように伝わっていくのかの実証実験の統計分析の記述が難しいことから、浅学非才のわしがすべてを順序立てて説明することなどできません。
 なので、面白かったことのみ列挙してみると・・・

●スマートホンが登場する以前の携帯電話は、日本のメーカーが市場のシェアを握っていた。これは、日本のケータイがカメラや音楽プレーヤー、インターネット(iモードなど)端末の機能をフルセットで持っていたためあると説明されることが多い。しかし事実は違う。実はたとえばインターネットメールの機能は、それまでのポケットベルでメッセージをやり取りする文化があったユーザーから強く要望された結果採用されたもの。(折りたたみ型で液晶画面の大きなケータイは、消費者の要望にメーカーが押された結果そうなったもの。メーカーはいかに小型のケータイを作るかしか念頭になく、ユーザーが何にケータイを使うかには関心が低かった。)
 このころから、メーカー主導の開発と消費者のニーズには大きな乖離が生まれ始めた。

●この時期、日本はアメリカから始まっていた製造業の「デジタル化」に乗り遅れてしまった。ハードウエアの重視(=ソフトウエアの軽視)、人の手による技術の重視(=自動化の軽視)がその主な理由であり、これまでの日本の強みがデジタル化社会では通用しにくくなった。

●この理由は、デジタル化社会に特有な「ネットワーク効果」のためである。従来の経済学では、財は社会に普及すればするほど、その財が生み出す単位当たりの付加価値は減少していくと説明されてきた。しかしネットワーク効果が築く財は、それが普及すればするほど、付加価値は増加していく。(たとえばパソコンのOSなど。デファクトスタンダードとなってしまえば、以降は言い値で独占販売ができる。)

●このようにネットワーク効果が市場に浸透すると、イノベーションによってどのような技術が成功するかどうかの決定的な主導権が供給側(メーカーや開発者)でなく、それを使う消費者、つまり需要側に移ってくる。

●2000年代前半までの日本のケータイ端末の大きな進化は、このネットワーク効果を生かして、開発の方向性をユーザーの志向(嗜好?)を追うように実践した結果といえる。1億2千万人の人口がある日本は、国内で一定の市場シェア=普及率を獲得できる。しかし国際競争が厳しくなると、日本メーカーは国内でのネットワーク効果が成功要因であったことを見落とし、1970年代の開発志向型のものづくりに先祖返りしてしまった。

 ここまでが導入部です。ふぅー・・・。

 では、ネットワーク効果が働く市場で、イノベーションはどのように起こるのでしょうか。
 この疑問に答えるため、鷲田さんが行ったのは次のような実験です。

1)開発者側の情報はどのように消費者に伝わっていくのか?
 ・・・結論として、開発者側の説明は専門的すぎて消費者にはあまり説得力を持たない。
2)では、商品の情報はどのように消費者の間で広まっていくのか?
 ・・・商品が市場に普及することについては、アメリカのロジャースという先生が「イノベーター理論」を提唱し、これは世界の定説になっています。ある商品や技術が世に出て普及するまでに、市場には5パターンの消費者がおり、好奇心が強くて流行に敏感な2.5%の「イノベーター」層から順番に広まっていくというものです。
ロジャースの普及曲線(マーケティング is.jpより引用)
鷲田さんは、この普及曲線のそれぞれに属する消費者の友人数や発信力を分析することで、実際にはそれぞれのカテゴリー内で情報伝達の方法や速度は不均一で違いがあることを証明しました。(詳しくは本書をお読みください)
 結論として、商品の普及に大きな影響を持つと考えられてきたイノベーターやアーリーアダプター層は日本では必ずしも決定権を握ってはいません。第5層までの多様な消費者のニーズが企業にフィードバックされてきたのが日本型のイノベーションと言えるのです。

 これらを踏まえて鷲田さんが出した結論は、日本のものづくり現場の「カイゼン」の多面性についてです。
 これまで「カイゼン」は質の高い従業員たちが自発的な啓発精神とモチベーションを高める生産管理経営と理解されてきました。しかし鷲田さんによれば「カイゼン」は実は利他的なものであり、自分が作っている工業製品が消費者に使われ感謝されている場面を考えて、つまり「生活者」としての動機で「カイゼン」は実践されてきたのでした。
 しかし、非正規労働者の増加や、長年続く製造業の不振などから、現場の「カイゼン」は市場との連携を見失った形式的なものになっています。これを正さなければ、日本の製造業からイノベーションは生まれないのです。

 やや専門的でわしも完全には理解できませんでしたが、巷間よく言われる「マーケットイン」のものづくりは言うは易し実行は難しです。これを実験で実証し、将来の方向性を示している点で、関係者にとって一読に値する本だと感じました。

(はんわし的評価 ★★☆) イノベーションとマーケティングの関係を論理的に説明した本

 

0 件のコメント: