2015年8月31日月曜日

生き残るのは「強い者」ではない

【読感】戦国貴族の生き残り戦略 岡野友彦著 吉川弘文館

 確かに、言われてみればその通りです。15世紀末から16世紀初頭にかけての戦国時代のこと。
  武将たちが覇権をかけて各地で戦(いくさ)を繰り返しており、下克上の風潮の中、外敵を撃ち破る力のない者は滅ばざるを得なかった・・・
 ということを21世紀に生きるわしたちは疑いもしません。
 しかし、著者である皇學館大学教授 岡野友彦氏によると、これは真実ではありません。
 本書で取り上げられている公家、つまり貴族階級の人々は、従来の歴史観によれば、天皇の権威が低下していった中で鎌倉時代には政治力をほぼ失い、領地(荘園)は戦国大名に奪われて経済力も低下し、かろうじて室町幕府や有力地方大名の庇護を受けて戦国時代を生き残ったと考えられてきました。
 岡野さんは言います。このように力のなかった公家たちが、それではなぜ室町~戦国~江戸時代の数百年間を永らえ、幕末期には再び政治の表舞台に出てくるようになった(それも、大きな政治的権威を持って)のでしょうか。
 この存続と復活の強靭な生命力は、偶然生き残ったとか、たまたま生き残ったという理由では説明がつきません。そうではなく、公家たちは武力を持たないゆえに知恵をフル活用することで戦に巻き込まれないよう細心の注意を払って生き延びてきたのです。戦国時代の公家達の「生き残り戦略」は、現代にも大きな示唆を与えてくれるに違いありません。


 公家は家柄によって家格(ランク)がありましたが、本書で取り上げられるのは、摂関家(摂政になれる可能性のある家柄)に継ぐ「清華家」(太政大臣になれる可能性のある家柄)の家格をもつ有力貴族の一つ、久我家(こがけ)の歴史です。(ちなみに、昭和30年代に活躍した久我美子さんという映画女優がいましたが、この一族のご出身とのことです。なので正式には、「こが・よしこ」さんになるのでしょうか。)
 久我家は平安時代の村上天皇につながる家柄で、源姓を名乗る、いわゆる「村上源氏」の一族でした。源氏長者も務めており、源氏として将軍職を宣下された足利家や徳川家とゆかりが深い公家でもあります。

 しかし、公家が政治の実権を持っていたのは平安時代中期までで、院政となり、平氏政権となり、さらに鎌倉幕府が設立されると、公家は朝廷内での出世競争と、武家との良好な関係維持に努めつつ、経済的な基盤であった各地の領地(荘園)をいかにうまく経営していくか、すなわち、誰かにちょっかいを出されることがないように管理・自衛し、確実に年貢を取りたてることに精力を傾けるようになります。

 わしも再認識したのですが、室町という時代は足利将軍の専制では決してなく、細川、上杉、山名、赤松、斯波などといった多くの有力大名達が支える連合政権でした。将軍家の統治がしっかりしていたのは三代義満あたりまでで、その後は有力な大名達が互いに勢力を争い、幕府内での主導権を巡って内戦を繰り返していました。
 大名間のトラブルに巻き込まれて荘園が奪われてしまったり、戦場になったりしないように、久我家の当主は有力者と姻戚関係となり、あるいは源氏長者の立場を強調して荘園が所在する土地の領主(戦国大名)と間で官位付与などの貸し借りの関係を作ります。

 今も昔も政局は「一寸先は闇」であって、権力者が一夜にして失脚したり、政敵が手を結んだりすることは珍しくありません。情報収集を決して怠らず、万一に備えて政敵の双方に良い顔をしておく ~それを怠ったために干されて冷や飯を食う羽目になる久我家当主も現れます~ ことは必須です。

 何より、荘園が仮に他者に奪われてしまった場合、その不法を訴えるときに備え、時の権力者にアピールできるための、その荘園を得た由来や、過去の有力者から安堵された書証など大昔からの文書を整理、保管しておくことも重要でした。今に伝わる久我家文書は、代々の当主の汗の結晶でもあったわけです。

 血縁、地縁をフル活用し、家格にモノを言わせ、各公家や大名達と時には対立し、時には妥協し、時には懐柔する。そして時には開き直る。これはまさに「外交」と呼ぶべき家政であって、生き残るためのしたたかな戦争でもあります。
 このように戦国の乱世を堂々乗り越えた久我家ですが、外交戦略家としての公家達の能力を恐れたのが天下統一を成し遂げた徳川幕府です。彼らはもはや危険でしかない公家達の牙を抜くため、武力こそ持たないとはいえ荘園領主に違いなかった彼らを扶持米取りにして、「学問第一のこと」という公家諸法度によって文芸・技芸の世界に閉じ込められてしまうことになるのです。
 現代のわしらが持っている「軟弱な公家」のイメージは、まさに江戸幕府に作られたイメージなのでした。

 本書は大部分が中世の久我家文書の読み解きなので、専門的すぎてなかなか理解が難しいのが正直なところですが、現代人に刷り込まれているステレオタイプの戦国時代のイメージを覆すためには、トライに値する本だと思います。

はんわし的評価(★☆☆)

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