2015年9月2日水曜日

県政は軽く、市町村政は重たく

 鈴木英敬三重県知事が、9月28日にアメリカ・ニューヨークで開かれる日本政府主催の経済セミナーに出席するため、予定されていた三重県議会の一般質問の日程を変更したことを各紙が報じています。
 知事の都合によって県議会の議事日程を変更するのは極めて異例で、三重県では平成7年9月以来20年ぶりのこと。
 鈴木知事は県議会の代表者会議において日程変更の理由につき、「議会を軽視したり、おろそかにしているわけではない」が、「日本政府から参加を強く要請され」、「セミナーは三重県を世界に情報発信する絶好の機会。このような機会は極めて得難い。」などと釈明し、議会側も了承したとのことです。
 議会と衝突を重ね、結局は市長の座を去ることを表明した山中光茂松阪市長の剛腕とは好対照をなす鈴木知事の議会操縦能力の高さですが、このセミナーでアメリカ政府関係者を対象に演説する内容が、サミット本来のテーマともいうべき国際平和とか民族・性差といった反差別、あるいは地球環境保全の重要性などを訴える内容ではなく、サミット開催地としての伊勢志摩の魅力だの、サミットを通じた地域活性化への挑戦だのといった内容に過ぎないものであることを知ると、政治家の信念の強さとか理念の崇高さ、つまり政治家としての格とは、うわべだけではなかなか一概に比較できないものであることを再認識させられざるを得ません。

 これは、先日のブログ(はんわしの評論家気取り 存在感薄れる都道府県 2015年8月30日)でも書きましたが、現在の日本の三層性の地方自治制度が制度疲労していることと関係しているのではないかと思います。
 国が法律を作り、行政の大まかな方向性を定める。それを執行するうえで、かつては都道府県が中核的な役割を果たしていました。行政区域に一定の広さがあり、人口のかたまりもあり、財源も比較的ゆとりがあって、専門的な人材も揃っていたことが、基礎的自治体である市町村に比べて優位だったからです。しかし、平成の大合併で一定の規模が備わってきた市や町は、むしろ福祉や教育など住民に密着している分野の行政を行っているからこそ、地域固有の課題を解決する能力が高くなっており、誤解を恐れずに言えば、道路や河川といった広域的な公物管理や、高校、3次~2次救急対応の病院、博物館などの施設運営などの特定の分野を除けば、都道府県が行うべき、都道府県でないと行えない行政分野はほとんど存在しなくなっています。
 山中市長の言葉を借りれば、地方分権の議論は、制度の大枠を決める国と制度を執行する市町村との二分化によって実質的に分権は完了している、ということになります。
 このため、中2階の県は管理業務などのルーチン以外は、サミットとか、国体とか、政府機関の誘致とか、くらいしかやることがないのです。

 今回の知事と市長のそれぞれの行動は、まさにこのことを象徴しているように思います。県はますます県民生活には必須でない、観光PRや特産品PRなどに注力していき、医療、福祉、教育、防災、産業振興などの必須業務は市町村にいっそう軸足を移していくでしょう。
 日本の地域社会を包む現在の閉塞感は、多くの場合、今までの習慣とか、しがらみとか、要するに住民自身の既得権を捨てて変革することができないことが原因です。
 経済が成長し、皆が等しく豊かになる社会では、いろいろな地域課題や地域矛盾は見過ごされてきましたが、自己変革できるかどうかが地域社会の維持のキーになる今、ギラギラした政争は、市町村でこそますます深刻になって来るのではないでしょうか。

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