2015年9月29日火曜日

【読感】「学力」の経済学

 今たいへん話題になっている本 「学力」の経済学 中室牧子著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を読みました。

 文部科学省が行っている全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)の平均点は、福井や富山、秋田、青森といった県が高い傾向があります。この学力テストの結果は各都道府県で競争になっており、順位が低いことをさも一大事のように大騒ぎし、自分の府県の平均点を全国平均以上に引き上げなくてはならない、などと政治パフォーマンスを打つ知事が各地に現れています。

 しかし、中室さんによると、全国学力テストの結果と、その学校の生徒の学力の相関関係は、実は明確ではありません。このことは中室さんのような教育経済学の関係者間ではコンセンサスになっているそうです。

 たとえば、私立の小学校が多数参加している、学習塾大手・四谷大塚が主催する全国統一小学生テストというものがありますが、こちらの成績上位県は、東京、神奈川、千葉、埼玉といった都市部が占めています。
 つまり、子供たちが学力を育む上では、学校でどういう教育が行われているか、つまり「どこの学校に行っているか」と同じほどに、子供の家庭での教育環境はどうか、つまり「どういう親のもとに育てられたか」も子供の学力に与える影響が大きいのです。


 したがって、その学校区の生徒達の家庭環境や教育環境を検証することなしにテストの結果だけを見ても子供達の学力を上げることはできません。福井モデルを学校教育の部分だけ真似ても意味はないのです。
先日このブログに書いた藤吉雅春著「福井モデル」でも、福井県の平均点が高い理由として、教員が専門家とチームで教育に当たるとか、生徒の思考プロセスの可視化といった独特の学校教育システムが実践されていることのほかに、福井県は地域全体が家庭教育に熱心であることを指摘しています。)

 このように、日本の教育界やそれを取り巻く社会全体が、客観的なデータや理論に準拠することなく、過去の経験や思い込みによって教育を ~特に小学校・中学校などの初等教育を~ 論じている事態に警鐘を鳴らしているのが本書の趣旨だと言っていいでしょう。

 ほとんどの国民は、自分が子供のときに学校に行っているので、自分なりの経験や学校への意見を持っています。なので一億総教育評論家ともいうべきなのが現代ですが、その中で膾炙している教育の常識、すなわち
「勉強させるためにご褒美で子供を釣るのはよくない」
「子供は褒めて育てる方がよい」
「ゲームをしすぎると暴力的な人間になる」
 などのような定説を、中室さんはことごとく否定します。

 その具体的な論拠の一つとして、ハーバード大学のフライヤー教授による実験の結果が紹介されます。教授は全米の5地域の小中学校で、実際に生徒を対象にして「テストの点が上がったらご褒美をあげる」という実験と、「本を読んだり勉強すればご褒美をあげる」という実験を行いました。
 その結果、学力テストの結果がよくなったのは、~意外なことに~ 本を読んだらご褒美をあげた(つまり「インプット」に対してご褒美をあげた)グループの生徒たちだったのです。
 テストでよい点を取ったらご褒美をあげるグループの子供たちは、それではテストの点を上げるためにどう勉強したらよいのか具体的な方法が分からなかったためと考えられます。「本を読む」とか「勉強する」いう明確な行動目標があれば、子供達にはそのほうがモチベーションが続くのです。

 学校教育に関して大きな論点となっている「少人数学級」も、アメリカ・テネシー州で行われた「スタープロジェクト」という実験の結果が参考になります。
 これによると、「少人数教育は学力を上昇させる効果はある」そうです。ただし、「他の政策と比較すると費用対効果が低い政策である」ということも同時に明らかになりました。

 学力を向上させるための費用対効果が高い政策とはなんでしょうか?

 そのひとつが、マダガスカルで実践された、「学歴と年収の関連データを示し、学校でしっかり勉強すれば、将来どれほど豊かな生活が送れるか」という情報を、子供たちにしっかり伝えるという実験です。
 この情報を知った子供たちは、知らされなかった子供たちより学力が向上しました。
 日本の学校での少人数学級の維持には、現在、教師の人件費など多額の費用がかかっています。中室さんは、子供にとって良さそうだから、とか、教育問題をお金で議論するのはけしからんから、という思考停止に陥るのでなく、もっと他に子供にとって良い方策がないのか、それをデータを用いて検証し、議論すべきだと主張します。

 くわしくはぜひ本書をお読みください。巷にあふれかえっている教育論議が、いかに科学的データの裏づけがないものか、目からうろこが落ちる思いに駆られることと思います。

 ここからはわしの蛇足。
 政策議論にエビデンスがないのは何も教育に限ったことではありません。いま、争点になっている消費税の軽減税率問題も、確たる根拠は何もなく、マイナンバーを使うとか(子供やお年寄りが買い物の時にカードを持っていくのか?)、4千円を還付するとか(どこから出てきた額?)、わけのわからない話が政治家や官僚の「感覚」で決まっていきそうになったり、あるいは実際に決まっていく事例は枚挙に暇がありません。

 だれもが関心を持つ教育だからこそ、冷静で、長期的な視点に立った検証と議論が必要です。
 そのためには、まずは中室さんが示したような教育現場での実験を、日本の学校でも導入し、議論できるたたき台作りに着手する必要があります。
 神聖な教育現場で「実験」とは何事だ!と拒否反応を示しているうちに、日本の教育水準は発展途上国に次々追い抜かれていくでしょう。

はんわし的評価 (★☆☆) 目からうろこの本ではある。

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