2016年1月6日水曜日

はんわし 初詣めぐり2016(その1)

 仕事始めから二日経ち、そろそろ軌道に乗ってきたということで昼休みの散歩を再開しました。
 この時期はいつも吉田山から徒歩圏内の神社仏閣に初詣をしているので、いくつかご紹介してみます。
 まずは、津市上浜町にある
 小丹神社(おにのじんじゃ)
です。
 近鉄電車に乗って名古屋方面から津駅に近づくと、線路が左に大きくカーブします。その時右側に、いくつかのマンションが建つ小高い山が見えます。ここに小丹神社は鎮座しています。
 津駅西口から近鉄線路伝いに北上し、マンション前の十字路をさらに北に進むと、約10分で小丹神社の広い駐車場に着きます。
 立派な石柱には「式内」とあるので、延喜式神名帳が成立した平安時代中期(10世紀)には、すでにこの神社は存在していたことになります。
 しかし、由緒が書かれた掲示板を見ると、この神社が辿ってきた変遷は驚くべきものでした。


 由緒には、主祭神は、埴夜須毘賣命(ハニヤスヒメノミコト)と須佐之男命(スサノオノミコト)であること、景行天皇(神話上のヤマトタケルの父君)の御代に勧請されたという社伝があること、が記されます。
 注目すべきはご鎮座の由来で、
1)往古は安濃郡小丹郷に御鎮座であったが明応7年(1498年)に地震高波のために神社と郷民は小丹塩屋に遷移した。移る数日の間に小丹郷と社地は陥没して海と化してしまった。
2)その後、慶安3年(1651年)に大洪水があり、神社を上浜西の山(現在地)に遷座した。
 とあります。
 1の明応7年の地震高波とは、有名な明応の大地震で、現在の研究によるとマグニチュード7.5、津市は震度5強だったと推定されています。この時に、博多、坊津と並んで日本三津の一つに数えられた安濃津が津波と地形変化で壊滅し、放棄されたことは有名な史実です。

 当初のご鎮座地である小丹郷という場所が現在のどこに当たるのかはよくわかりませんが、とにかく大地震の直後、わずか数日で入潮して海没してしまったというのです。おそろしいことです。
 さらにその百数十年後の慶安3年。
 この年は異常気象だったらしく、全国各地で洪水が頻発しました。このため、遷座した先の小丹塩屋という土地も大洪水によって被災してしまい、結果的に現在の場所に再度移ってきたということのようです。
 そのためかどうか、現在の社殿は山の中腹にあり、鳥居から80段近くの石段を登り切った高台に立っています。
 山のふもとの土地は、今は線路が走り、家が建ち並び、すぐ近くにまでマンションが迫って来ていて市街化しています。しかし江戸時代には、伊勢街道と、海まで見渡す限り田畑が広がっている光景が眼下に臨めたことと思います。

 社殿はこんな感じです。
 特に文化的に価値がある建物とは見受けられませんが、何度かの苦難を乗り越えてこの地を守り続ける氏神様といった親しみを感じさせます。
 お正月のためか、社殿前の両脇に鉾が飾られていました。
 しかし、お昼にもかかわらず、ほとんどひと気はなく、この瞬間、境内にはわし一人しかいませんでした。

 津駅からも近く、散歩がてらお参りできるし、たいへん静かな場所なので、皆さまもお参りいただいてはどうでしょうか。
(ただ、女性一人だとちょっと気味が悪いかもしれませんので、複数人でお参りされることをお勧めします。)

グーグルマップはこちら

0 件のコメント: