2016年2月13日土曜日

イクメンはやっぱり強者の論理

 自分の子育てを妻任せにせずに、積極的に関わっていく生活信条を持ち、かつ実際に行動に移す男性が、いわゆる「イクメン」と呼ばれる人たちの定義になるのでしょうか。そのイクメンを自認し、男性の国会議員として初めて育児休暇を取得したいと公に表明していた衆議院議員が、先日、自身の身の不始末から辞職に追い込まれました。
 駒崎弘樹氏も言うように、「センテンススプリング砲」の凄まじい破壊力を目の当たりにした気がしますし、軽率としか言いようのないこの国会議員の下半身の問題と、少子化対策としての育休制度の充実や夫の意識の改革などの問題とは、慎重に切り分けて考えるべきなのは確かにその通りでしょう。(リンクはこちら
 しかし、イクメンに体現される、「男性にも育休を!」という掛け声は、わし自身、上から下々への号令、要するに強者の論理であって、社会キャンペーンとしてはやや上滑っているような気がしてなりません。全男性のうち少なくない割合は、今一つ腹に落ちていないような気がするのです。
 実際に、世間男女の声の多くはこの辞職議員に同情的ではなく、議論の切り分けを冷静に求める声もあるものの、今回の出来事で一時的に「イクメン」は停滞するであろうという見方が多いのではないでしょうか。

 男性の育休取得にはもちろん何らかの効果はあることと思います。しかし、世間一般の多くの職場では人員が減らされ、逆に業務の量はそのままか、むしろ増大しています。長時間労働が恒常的であり、子育てを社会全体で支え合うのは正論だとしても、皮膚感覚としては、なぜ自分の子供の子育てをする人の負担をこちらが負わねばならないのか、もっと言えば、今の女性の育休制度ですらやりくりにギスギスするのに、さらに男性もか・・・といった徒労感がまず頭をよぎる人も決して少なくはないでしょう。
 端的に言えば、イクメンを自称する人、イクメンを推進する人の多くは自分で仕事のやり方が決められる自営業者や経営者か、大企業や官公庁のような大組織に属するサラリーマンです。育休取得どころか普通の有給休暇も満足に消化できない現状はそのままにしておいて、また何か目新しいことを言い出して、矛盾や争点を隠すように「上書き」していくのは果たしていかがなものでしょうか。

 この種の少子化支援とか女性の社会進出、男性の子育て参加といった議論は、セミナーとか審議会といった形で公開の場で議論されることも多いのですが、多くの場合、こういったある種の「正論」に敢えて議論を吹っ掛けようという人はほとんどなく、その場はシャンシャンで終了してしまうことがほとんどです。
 ごくまれに公的な審議会で本音をしゃべってしまう人もいますが、もうすでに会議の結論は決まっていて参加者や委員から意見を聞くのは感想表明やガス抜きに過ぎない、という空気を読めないこの種のタイプは、開明的なマスコミなどからコテンパンに罵られるという恐ろしい結果が待っています。(センテンススプリング砲の何万分の一しかない破壊力であっても、一般人をひれ伏させるには十分なパワーがあるのです。)

 なので、「議論は深まらない」、「しかも本音では懐疑的なので合意形成は進まない」、「既成事実はどんどん積み上げられる」で、ひとたび今回の国会議員のようなことが起こると、一気に表層雪崩が起こってしまうわけです。
 イクメンキャンペーンだけではなく、どうすれば労働生産性を上げて勤務時間を減らすことができるのかの議論や、労働基準法に違反する企業は厳しく処罰するなど、まずは長時間労働を減らしてお父さんたちが定時に帰れるように ~もちろんお母さんたちも~ することが先決、いや少なくとも同時並行でなくてはなりません。
 この部分がまるで見えないので、少なくない男性はいつまでたっても懐疑的なのです。

 もう一つわしが思ったのは、以前もこのブログに書いた評論家の桜井よしこさんの説のように、本当に少子化を克服し、子どもの数を増やそうとすれば、現在その多くが人工中絶によって命を落としていると思われる婚外子を、もっと産み、育てやすい環境にしていかなくてはいけません。フランスはこのこともあって出生率が上昇しました。
 ところが日本では、夫婦別姓を選択性としても認めない最高裁判決が出たようにように、一緒に暮らしたい男女を躊躇させるような事態がむしろ進んでいます。50年かかって減少してきた出生率は、もし引き上げるとしたら同じくらい時間がかかるでしょう。イクメンと言う浮ついたコトバからは、国家50年の計、100年の計に立ち向かう意気込みも、迫力も感じないのです。せいぜい「流行語大賞」で終わりでしょう。

■はんわしの評論家気取り  ドイツ人は1年に150日休んでも仕事が回る(2016年1月26日)

1 件のコメント:

オナミ さんのコメント...

宮崎議員は不倫相手に子供ができても同じようにイクメンすると公言できてたら少子化対策貢献で辞める必要なかった。不倫が批判されるのは堕ろせばいいなんて関係になりやすいから。また、貞操義務追及で男性の子育て責任を追及しないまま離婚再婚促しても、宮崎議員は巨乳タレントを妻にしてもまた二股するでしょう。
マイナンバー連動DNAデータベースで男性の責任を追及すれば、おのずと男性の行動も自制され、生産的な性的関係なら国力増強のための次世代えるという国家的利益もあるのです。

職安などでは育児等考慮は3歳まで、母子家庭で子育てした私は4歳以上なら病気の子供も一人で留守番させ、小学校1年から学童保育嫌がると家で放置、下の子の面倒も見させ、子供の虐待マンガは他人の血税当てにせず生計たてようとする一人親虐め。少子化、心中を促すとんでもマンガです。国の強制徴収制度がないので、性的関係でもないと養育費入れない男が多い。
社民民主系の婚外子差別と闘う会は婚外子問題を従軍慰安婦問題に帰着するとすり替え、善積さんなどは事実婚ならいいと言って国の審議会でももてはやされてますが一人親の子育ての工夫を子供の人権侵害と言って受容してくれませんでした.朽木村の農作業中幼児を入れる籠、小学1年から子供同士助け合って登下校、10歳にもなると一人で遠くまで戦後の買い出しなど、銃社会故に13歳までホームアローン犯罪の欧米よりずっと女性は子供がいても働きやすいので、母子家庭の就業率は高いのです.貧困な理由は養育費強制徴収制度がなく、宮崎議員のような二股癖を、堕ろせばいいと野放しにする中高年世代の圧力が強いからでは?