2016年2月26日金曜日

蝗害(こうがい)の時代へ

 北海道美瑛町の有名観光スポットであった、通称「哲学の木」が所有者によって伐採されたことが大きな衝撃を広げています。
 広々とした畑が広がる丘陵に屹立する一本のポプラの木。季節によって、天気によって、あるいは日差しや風によって刻々と景色を変えるその姿は、雄大な北海道を代表する景観としてあまりに有名で、おそらく写真や映像を見たことがない人のほうが少ないのではないかと思います。


 伐採の理由は、樹齢は不詳なものの実際はかなりの老木であり、枝が落ちたり、倒壊する危険があったことも挙げられていますが、この木を見に押し寄せてくる観光客や写真愛好家らが、私有地である畑に無断で立ち入って撮影し、作物を踏み荒らしたり、農作業の妨げになるからと退出を求めると、観光客から逆ギレされたり、といった非常識とも言えるマナーの悪さに所有者の農家が我慢できなくなったことが真相のようだとのことです。


 マナーの悪化は数年前から急激に進み、所有者は立ち入り禁止の看板を設置するなどの対策を講じましたが、外国人観光客も増えてくると外国語の警告看板設置の必要性も生じ、平成25年ごろには木の幹にペンキで×マークを描くといった ~木をあえて汚損することで撮影する気が起きないように~ 非常手段も取らざるを得ない状況に追い込まれていました。(ロケットニュース24 モラルなき観光客に苦悩する農家! 苦肉の策で観光スポット『哲学の木』にペンキで×印を描く
2013年10月25日)

 もちろん、これは外国人観光客だけのせいではありません。観光客の比率としては日本人のほうがはるかに多いでしょうし、その日本人の中にもマナーの悪い人は相当数あったようです。
 しかし、いわゆる「地方創生」がブームとなり、全国各地で観光資源が発掘され、開発され、行政が主体となって巨費を投じた観光プロモーション合戦、観光客誘致合戦を繰り広げている、今の「地方」では、この哲学の木の事象は、決して他人事でなく、かなり高い確率で、しかも近いうちに起こりうるトラブルではないかと思います。

 その要因の一つはSNSの普及により、隠れスポット的な地味な観光資源であっても、あっというまに全世界的に有名になってしまう事実があります。
 詳細な情報が口コミでどんどん拡散していき、「ネットで見た」観光客が、地元民もよく知らないようなマニアックなスポットに集まってくる。これは多少の差はあれほぼ全国で見られる現象です。

 次に、地方創生ブームで、地方の生き残りのためには集客交流人口を増やし、地域内消費を喚起することが重要だという認識が、地域のコンセンサスになってしまっている事実があります。要するに、観光客を多く呼び込んで、飲み食いさせ、カネを落とさせるしか疲弊する地域が外貨を獲得する手段はないという訳です。
 これは、日本人のDNAとやらの「おもてなし精神」と表裏一体となってある種の強迫観念となり、地元民はよそ者には必ず明るく親切に接しなくてはならず、そうでなくては選ばれる地域にならず、そのように真心でおてなしているうちに、いつしかリピーターが増え、最終的には家族で移住してくる人もいるかもしれない・・・といった妄想にまで発展していきます。

 生業である農林水産業は観光資源のネタの一つに格下げされ、地元の商店はみな土産物屋に転業してしまう。しかし思ったほど儲かりもせず、一番賑わっているのは駐車場が広いコンビニだったりする。休みの日には多くの県外ナンバーの車が狭い田舎道に押し寄せ、無断駐車は日常茶飯事。しかし地元の住民は、これも「選ばれる地域」になるためだとぐっと我慢する。

 よそから押し寄せた観光客は移り気で、一時は賑わっても、半年後にはもう新しい別の観光地に目を奪われて、ブームはあっけなく終焉する。結局、観光客と旗振り役の行政に振り回された徒労感だけが残る。
 かつての高度経済成長期、各地方はこぞって工場を誘致し、豊かになろうとしました。その副産物、副作用が「公害」と呼ばれる産業廃棄物や環境汚染でした。
 強いて言うなら、今、地方創生でこぞって観光客を誘致している地域が見舞われつつあるのは「蝗害」(こうがい)です。

 繰り返しますが、これは北海道のように観光業が盛んな地域の話ばかりではありません。遅かれ早かれ、多かれ少なかれ、絶対に他の地域にも波及してくるのです。その心構えはできているでしょうか。

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