2016年2月4日木曜日

地域振興という「総力戦」の果て

 地域振興は「総力戦」である とは、地域おこし、地域産業活性化などの最前線で活躍されているような関係者からも時々聞こえてくる言葉です。

・地域外から収益が得られるような産業がなく、経済的に疲弊している地域であっても、その地域に固有の農林水産物や特産品、郷土食といった「宝もの」があるはずだ。
・それを商品にすれば、すなわち地域外のお客から対価が取れるような価値がある売り物にブラッシュアップすれば、都会で販売できたり、そこから地域に観光客がやってきたりして、ものや人の交流が活発になり、地域が収益を上げられる。
・そのためには、人材、人脈やコネ、資金、企業、学校など、その地域にある、ヒト、モノ、カネ、智恵、情報などの資源をすべて投入し、「総力戦」で地域間競争に勝たなくてはいけない。
 
 という議論です。
 地域振興にとって、地域の人々の目に普段は入らないような、それとはなかなか意識しないような地域資源を積極的に活用すべきだというのはそのとおりです。
 しかし、総力戦で戦った結果、もし仮に競争に「敗けてしまった」ら、どうなってしまうのでしょうか?
 太平洋戦争後のごとく焼け野原となる。実際には日本は焼け野原から高度経済成長を遂げましたが、21世紀の「地方」では、そもそもそのような再度の立ち直り可能性はほとんどないことは意識しておいたほうがいいいかもしれません。



 こんなことを考えたのは、先ごろ文部科学省が公表した 地(知)の拠点事業 に採択された大学の顔ぶれを見ていたときです。
 地方大学は少子高齢化により、国公立・私立とも存亡の危機を迎えています。さらに国立大学は国と別会計の独立法人となって、財政がますます厳しくなっています。
 学生獲得や経営安定化のためには、国立大学でありながらもその大学がある道府県や市町村の振興に貢献していく、いわば地方大学化、スモールサイズ化を進めざるを得ない面は確かにあるのでしょう。地域密着戦略というわけです。
 地(知)の拠点事業の一覧表を見れば明らかなように、このリストにはいわゆる旧帝大のような有力大学はまったくなく、地方国立大学 ~主に戦後に大学化された旧師範学校や旧専門学校~ がずらりと並びます。

 しかも、採択テーマを見ると、どこも「オール●●」とか「未来」とか「元気」とかが並んでいます。●●に当たる地名を入れ替えたら、全国どこにでも使いまわしできそうな陳腐なテーマであり、おそらく各大学での地(知)の拠点事業の具体的な中身も、今までそれぞれの地域で続けられてきた振興事業の一部手直し、焼き直しばかりなのではないかと強く推測されます。

 冷やかすわけでは決してありません。しかし、これだけ特定のエリア(県)にばかりこだわった小粒なプロジェクトが全国でいくつ走り出そうとも、日本の景況にはほとんど何の影響もないでしょう。
 つまり、自動車産業の生産が増えるとか、海外からの来日客が伸びるとか、高速道路や新幹線の建設、大都市の再開発などの公共投資が増加したほうが、住民はよほど顕著に好況を実感できるでしょう。つまり、地域活性化につながることでしょう。

 しかしわしが言いたいのはそこではありません。
 地方の大学が ~しかもほとんどの地方においては、国立大学が唯一の、最大の総合大学である~ 地域振興の総力戦に組み込まれると、少なくとも次の2点が懸念されるということです。

 1つ目は、従来から無駄や的外れが多かった国や自治体による地域振興施策に対しての、学術面からの健全で合理的な批判勢力が失われてしまうことです。
 地方において国立大学は知力で超然とした存在であり、県や市町村とは是是非非の関係が保たれてきました。しかしその大学が地域振興事業の当事者になれば、その身内である行政を批判することは容易ではありません。意味のないバラマキ事業に大学がお墨付きを与え、ビジネスを知らぬ教員がコンサルティングする事業が次々と生れ、地方が暴走する危険性は高まります。

 2つ目が、このブログの冒頭の懸念、つまり、地方大学が教員と学生のマンパワーを投入し、研究成果や知見を投入した地域づくり活動が成果を生まなかった場合、それは総力戦の敗戦であって、地方は最後の砦とも言える地域資源を使い果たしてしまうことです。
 
 繰り返しますが、今の地方に大学も含めた地域資源の活用は大切なことで、総力戦という掛け声もよくわかります。
 しかし、地域振興が競争であり、戦いであるのなら、「負けるかもしれない」、「敗れたらどうするのか」ということを少しは考えておくべきでしょう。
 地方創生は全国の自治体で、官民を巻き込んだ「躁」状態です。夏の国政選挙が終わり、消費税の引き上げ、もしくは国の財政規律回復が現実的な政治日程に上った段階から、この騒ぎは収束に向かっていくはずです。
 その何年後にか、少なくない地方では残酷な結果が待っているでしょう。総力戦の果てを準備していなかった地域は、特にです。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

 総力戦の名の下に誰も彼も地域振興の関係者にしてしまって、失敗した時に言い出しっぺの
責任を曖昧にすることを狙っているのではないかと疑ってしまいますよ。
 地域の宝物と言うのも胡散臭くて、宝物をでっち上げる事態になっていませんかねえ。
 熊野古道やらみかんやら拘り過ぎて柔軟な行動の妨げになっているような。
 

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 おっしゃるように「総力戦」に銃後はなく、住民全員がその競争に巻き込まれます。そして仮に運悪く地域間競争に敗れた場合、すなわち人口の減少や企業の流出が止まらず、財政も破綻寸前に至った場合、住民全員に「総ざんげ」が強要されることになると思います。重要なご指摘です。