2016年2月9日火曜日

普通の公務員が起こしたイノベーション

【読感】県庁そろそろクビですか?「はみ出し公務員」の挑戦 円城寺雄介著(小学館新書)

 わしは存じ上げなかったのですが、この本の著者の円城寺さんという方は、地方公務員(佐賀県職員)で、高い志と深い洞察力、そして型破りな実行力を兼ね備えて地方行政にイノベーション(革新)を起こし、それを着実に根付かせてきた実績を持つ、その道では大変有名な方とのことです。
 平成13年に佐賀県庁に入庁され、土木事務所や生産者支援課(農協などを監督する部署)、職員研修所、医務課などで勤務をされてきたという、一見普通の若手公務員です。
 しかし、この人がすごいのは、全国どこでも深刻な問題となっている救急患者のたらい回しを解決すべく、救急車にiPadを配布し、ICTを活用することで搬送可能な病院を素早く導き出すシステムを全国で初めて導入したり、さらなる救命率向上のために大学病院などと連携して佐賀県にドクターヘリを導入する実務に尽力され、現実に、それまで長くなる一方だった救急搬送の所要時間をわずかながら短縮した(これは非常に画期的なことで、全国的に例がない)という素晴らしい成果を上げていることです。
 県庁という組織からはみ出している「はみ出し公務員」と自称しているものの、それでも現場に困りごとがあれば職務範囲外であっても寝食を忘れて取り組む情熱と、解決していく能力を持つ、世間一般では「カリスマ公務員」とか「スーパー公務員」と呼ばれるようなタイプかもしれません。
 しかし意外にもというか、円城寺さんは「このところのヒーロー型公務員がもてはやされる風潮が気になる。」と明確に危惧を述べています。

 以前このブログに書いたように、スーパー公務員などと呼ばれている県庁職員、市町村職員が少なくありません。その行動力が卓越しているのは事実でしょうが、円城寺さんも言うように公務員は多くの住民から預かった税金を使わせてもらって動いているのであって、ルールに縛られたお役所仕事というものも、本来は公務員が好き勝手しないための歯止めだったわけです。
 ところが最近は、失敗しても身分保障されているので責任は負わず、脱お役所仕事、脱公務員という掛け声に乗って好きなことがやれるのが公務員だ、という勘違いが生まれているというのです。

 これは確かにそうで、スーパー公務員とやらが多く跋扈するのは、法令の根拠がなく、成果測定も非常に難しい、地域振興とか商工振興、観光振興といった分野です。この分野はとにかく目新しいこと、よそと違うことをやって目立てばよく、新規事業で何億円予算を付けたとか、国から財源(補助金など)を引っ張ってきたとか、その財源の元になる政策を自分が●●省に働きかけて作らせたなどと自慢したがる、庁内政治家、ロビイストタイプが多いのが特徴です。

 反対に、円城寺さんが関わってきた許認可業務のように、法令に基づく羈束裁量の分野や、医療行政のように人命に係わる分野は、公務員個人の裁量が極めて限られています。それゆえネゴシエーションも厳しく、仮に行政側に落ち度があった際の批判、反響も大きいのです。
 複雑に絡み合った法令と、輻輳する利害関係者をうまく調整して、マンドリングスルーで物事を解決に導かなくてはならないので、振興行政に比べてはるかに難易度の高い行政分野です。

 この分野で多くの成果を生んだ円城寺さんは賞賛に値すると思いますし、この本の中には、それぞれの職場で直面した課題と、それを解決するための奮闘ぶり、そして解決に繋がった「気づき」 ~それは用買先の地権者から怒られたことだったり、上司から厳しい指摘を受けた時だったり、消防署に無理を言い、自ら救急車の出動に同乗して垣間見た救急救命現場の過酷さだったりとさまざまです~ などについてが、一職員の目線から丁寧に書かれています。
 普通の公務員として、地域に役立つことを地道にやっていくことが大事とか、チームワークが基礎になるが、まず自分が動いてみること、などのヒントも満載されています。
 日ごろの業務に大いに参考になる本であり、三重県庁の職員、特に若手の方には思い当たることも多く、励みになる一冊ではないかと思います。

 まったく蛇足ですが、わしが考えたことを2つだけメモしておきます。

その1
 円城寺さんがどうのこうのでなく、また佐賀県庁がどうのこうのでもなく、組織から「はみ出す」ことが許されるのは、ある意味で日本的な ~日本型組織的な~ 現象だと思いました。
 先日のブログでドイツと日本の働き方の違いについて書きましたが、大きな違いの一つはドイツは職員(社員)の職務範囲が明確で、その範囲内のことについては権限も全責任も負うと同時に、範囲外についてはまったく関知しない、というコンセンサスが社会にあることです。
 日本は、ましてや地方自治体はまったくそうではなく、ある業務はチームとしての課や係に与えられ、全員でそれにあたっていくスタイルです。これは同調圧力が非常に高い一面、少しでも本来業務に関係ありそうな接点さえあれば、業務の一環が融通無礙に広がっていくという面も持っています。
 本来業務以外のことに情熱を燃やし、成果を上げたがゆえに有名にもなっていった円城寺さんには上司や同僚から相当なやっかみもあったようですが、日本型組織では誠実にやっている限りこれが職務違反になることは必ずしもなく、応援してくれる人もいるのです。

その2
 これも個別の問題ではなく、多くの地方自治体に共通すると思いますが、円城寺さんのような現場に強い優秀な人材が、年功序列の昇進システムによって50歳代にさしかかると管理職に昇進してしまい、現場を離れてしまうケースが多いことです。
 地方自治体でも一般職員(一般的に行政職と呼ばれる)は数年で人事異動してさまざまな職種を体験させる、ゼネラリストとして人材育成されるのが普通です。各職務に精通した頃には異動してしまうので、磨かれるのは、予算の取り方であったり、稟議の回し方であったり、関係者への根回しであったりという「県庁内スキル」だけということになります。
 これは県庁にとっても県民にとっても損失なので、現場に寄り添った行政分野で高い専門知識や企画立案力、実行力を持っている職員は、スペシャリストして育成し、登用し、評価することが必要でしょう。硬直した人事制度をどれだけ革新できるかが、自治体間の良い意味での競争になるべきではないでしょうか。

はんわし的読感(★★☆) 地方公務員にはおすすめ。公務員志望の大学生も読む価値あり。
 
■はんわしの評論家気取り  スーパー公務員にはご用心(2012年11月19日)


 

2 件のコメント:

井川正 さんのコメント...

行政法学の概念と行政実態の的確な把握にまで及んでる、すばらしい論評ですが、私には大いに気になることがあるのです。他のブログのコメントにも出てきているようですが、行政の「執行」過程にあるに過ぎない役人が、「税金」を使ってやったことを、さも誇らしげに「政策決定」してやったり!とすることです。
1.実は、裁量行為それ自体の問題、つまり、いらぬおせっかいで役人が勝手な規則を「いいことやったつもりで」「わからないように」作って、どれだけ一般私人が不利益を被ってきたか?行政事件のいくらかはこの手の類なのです。役人が民主的な負託もうけていないのにやりたいことをやろうとして、実は執行過程における法治主義をわかっていないと思われることが非常に多い。
2.なるほど、ブロガー様が言うような「庁内」人事評価は必要です。しかし、議員のように住民に選ばれてもいない人が、血税を使ってやったことを、「庁外」に向かって喧伝し、ヒーロー気取りでは困ります。「立法」と「財政措置」をともなう政策決定は民主的に選ばれた議員・首長に理念上はイニシアチブがあるべきあるし、議員・首長が「庁外」つまり住民に向かって可否を問うべきなのです。霞が関においてであれば官僚主導の批判にあたるのに、地方の一吏員がやれば地方自治の美名でゆるされるのでしょうか?
3.ブロガー様はドイツにおける「職務範囲」を挙げておられますが、アメリカ等では逆に「政策決定過程」(議会主義や政治的任用)と「執行過程」という形で「職務範囲」が定まる場合があります。民主国家では政府や役人に勝手なことをさせない、否、おせっかい無用というわけです。
以上、僭越なことを述べてしまいました。「クビ」の著者のやっていることは、比較的細かいことで、以上の理念上の批判は当たらないかもしれません。しかし、少なくとも、民主的に選ばれていない人が「政策」を決定をしてやったり!と外つまり国民・住民に向かってするのはやはり民主主義の理念に反するでしょう。あるいは、政治主導、否、住民自治の観点からも大いに問題あると言うべきと考えます。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

井川さま、コメントありがとうございました。
非常に重要な指摘で、基本的に同感です。簡単に感想を書かせていただきます。
1.法治主義が末端の職員にまで浸透していないというのは、確かにそういった面はあるかもしれません。ただ、これは地方公務員特有ではなく、権限と責任と職務範囲があいまいな日本的組織の一面ではないかと思っています。
2.地方自治体において首長と議会は(釈迦に説法かと思いますが)対等ではありません。実態として議会は首長の諮問機関に過ぎず、業務執行にあたっては首長がほとんどの権能を有しています。職員は首長の手足という位置づけですから、いわば首長の権限の中で大幅な自由裁量を取りうるのです。わしが庁内の人事評価が重要だと考えるゆえんです。
3.アメリカの事例は正直申しましてわしはまったく無知です。勉強させていただきます。
蛇足ですが、2に関連して、首長がむしろ「ヒーロー気取り公務員」を奨励していると思える事例があることは指摘しておきたいと思います。例えばこの資料(http://www.pref.mie.lg.jp/ZAISEI/HP/seikareport/h27_1-3_h27housin.pdf)の29頁以下を参照のこと。