2016年3月31日木曜日

やっぱりわからなかったこと

 きょう3月31日は年度末、わしらの同業者にとっては平成27年度が終了する、特別に重みのある日です。
 わしはここ最近とんと東紀州地域(三重県南部の尾鷲市、熊野市、紀北町、御浜町及び紀宝町の2市3町からなる地域)に仕事でかかわることはなくなってしまいましたが、地域の一ファンとして、よその人よりは東紀州のニュースに注目しているし、新しい商品やサービスができる限り買ったり体験したりしようと心がけているつもりではあります。(もちろん、あくまで心がけ程度なので、すべてのイベントや祭に出かているわけではまったくありませんが、それでも平均的な県民に比べて知識は多い方だと思います。)
 しかし、これはこのブログでもたびたび取り上げているけれど、昔から ~少なくともわしがそっちにいた頃の10年くらい前から~ そうで、今もそのままで、そうして、なぜこれが今も昔のままなのかがわしには全然理解できないことがあります。
 その「謎」は今日で終わる平成27年度もやっぱりわかりませんでした。
 皮肉でもなんでもなく、東紀州の関係者の誰からでもいいから、納得できる理由を教えてほしい気持ちでいっぱいなのです。


 それは、東紀州地域の行政機関とか企業とか、NPOとかは、自分たちの取り組み、自分たちの作っている製品や提供しているサービス、それも、新商品とか新サービスとか、初めてやるイベントとかを
・なぜ地域外にPRしないのか?
・なぜ伝えようとしないのか??
・なぜ広めようとしないのか???
 ということです。
 逆に言えば、なぜ荷坂峠以南のエリアの中にこじんまりと閉じこもっているのか、ということです。

 東紀州は何しろコミュニティが狭いので、事例をあげると分かる人には分かってしまうかもしれませんが、例えばこういうことです。
 某テレビ番組で、東紀州内にある海沿いの小さな集落に新しく移住してきた人が、今までは地元だけで消費されてきた産品を、新たに地区外、主に都会の顧客に直接販売するサービスを始めたことが取り上げられていました。
 この集落はいわゆる限界集落で、このままでは地区の生業である漁業も途絶えてしまうという危機感と、地元民には身近すぎてわからなかったその集落の魅力と、豊かな水産資源を活用して、よそから「外貨」を稼いでくるようなビジネスを始めた、というものです。

 これ、文字に書くとこれだけのことですが、ここに至るまでに地元の有志達が数えきれないほどの話し合いを持ち、移住者を受け入れて活躍の場を与え、両者が試行錯誤を重ねて実現に至ったもので、まさしく無から有を生む、素晴らしい取り組みです。尋常でないエネルギーと熱意がそそがれており、ぜひとも成功してほしいと思うし、及ばずながらわしももし条件が合うようなら購入してみたい、と思ってネットで検索してみたのですが。
 まったくヒットしません。
 個人や団体のブログなどで似たような話にかすりはしますが、テレビでやっていたドンピシャリの話ではありません。
 せっかく情報を得ても、どこに問い合わせて、実際に何を、いくらで売っていて、どうすれば買うことができるかがまったくわからないのです。
 そうするとこう考えざるを得ません。それって一体何のためにやっているのか? 本当は売りたくない? それとも秘密にしておきたかったのに勝手にテレビが放送した?

 ある団体が、地域にある古民家をつかって期間限定のイベントを行うことになりました。
 景色が楽しめるカフェをやったり、バザーをやったり、フリーマーケットもやるから、若い人にも、地域外の人にもどんどん来てほしい、と言います。
 しかし、そのチラシを見ると、開催場所の地図がなく、駐車場が何台あるのか、託児サービスはあるのか、ベビーカーが使えるのか、といったクルマで行動するのが当然の若いママさんたちが知りたい情報が一切ない。当然、サイトもない。
 これで、本当に若い人が来るのでしょうか。いやこれも、そもそも本当に若い人を呼びたかったのか、本気でそうなのかが疑わしいと思わざるを得ません。

 やや意地悪く書き過ぎました。
 これらはすべて善意から始まっており、従事している人が真面目に、熱意をもって取り組んでいることは疑う余地がありません。
 問題なのは、それ広く外部に伝えるべきなのに、その意識がなさすぎ、その方法も知らなさすぎるということです。

 伝える意識がない、ということは東紀州地域特有の事情がありました。長らく交通不便地で、三重県内でも東紀州に行くためには長時間汽車に揺られたくさんのトンネルを超えるか、長時間ハンドルを握り、坂やカーブが果てしなく続く国道を走らなくてはいけませんでした。
 生活圏、文化圏、経済圏は東紀州内で完結しており、いわばよその地域の人をお客さんにする必要がほとんどなかったのです。もちろん、地域外から誘客する産業もあるにはありましたが、それは全体のごく一部で、主力産業はあくまで農林水産業や建設業だったのです。なので、本格的に外部にPRしようという意識は企業経営者を含め、驚くほど低いのです。

 しかし、この閉鎖的な環境は2年前に高速道路(紀勢自動車道と自動車専用道路「熊野尾鷲道路」)が事実上全通したことで大きく変わりました。かつて険しい陸の孤島だった東紀州は、今ではあっけないほど短時間で、楽に出かけることができます。
 多くの住民はいまだに交通不便地ゆえに何か特別な地域だと(良くも悪くも)意識していますが、もう全くそんなことはないのです。むしろ、全国各地で死に物狂いで繰り広げられている産地間競争、地域間競争に、まったくハンデなしで放り込まれている状態です。

 もう一つの、広める方法を知らないというのも、この地域特有の事情があります。
 東紀州地域には、北部に紀勢新聞、南海日日新聞という2紙が、南部に吉野熊野新聞、南紀新報という2紙が、それぞれ超地域密着型地元紙として、地域の政治、社会、経済、文化、芸術、スポーツ、事故・事件、出生・おくやみ、まであらゆる事象を事細かに伝えているのです。
 人口8万人のエリアに4つの日刊紙があるというのはよそから見ると驚き以外の何物でもありませんが、これだけ既存のメディアの密度が濃いと、このどれかに掲載されればエリアの人にはほとんど知れ渡るので、それ以上のアクションを起こす必要がなかったのです。

 もちろんこの環境も、インターネットによって大きく変わっています。地元4紙以外の全国紙やテレビに取り上げられたPR事項は、これを補足する詳細な情報をネットで掲載しておくことによって、強力な相乗効果を上げることができます。
 言うまでもなく、東紀州内にもこうしたメディアミックスを活用しているところは多いのですが、上述のように、いまだにネット情報は軽視(情報を更新しない、アップした情報が不正確・あいまい、そもそもホームページがない・・・)される傾向は残っています。
 せっかくマスメディアで報じられても、細かいフォロー情報をネットで確認することができず、したがって実際の集客や販売に繋げられないのです。

 繰り返しますが、このような情報発信ヘタレ状態はこのブログでもたびたび危惧してきました。
 しかし今でもやはり、「ここぞ!」という時は相変わらず外してばかりなのです。
 誰か、本当に教えてくれませんか。なぜ、東紀州は情報がばらばらで、しかもネットに乗っていないのですか?

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

 例として上げられている件は少し違うようにも思いますが、何を宣伝して良いか分からない以前に宣伝対象の何が良いかも分かっていないのではないでしょうか?
「来てもらえば気に入ってもらえるはず。」、「手に取ってもらえば良さが分かってもらえるはず。」と言う言葉を非常に良く聞くのですが、言葉で良さをアピールできないと言っているようなものです。
 また、「どこがお勧めですか?良いですか?」と言う問いに「全部」とか「○○が好きだから。」と答えるのもしばしば目にするのですが、おそらく答えている本人も分かっていないのでしょう。
 自分の住んでいる地域は良いところのはずだ。と言う郷土愛と誘客の話がごちゃ混ぜになっているようにも思います。
 高速が開通した時も、祝高速開通の飾りつけをしましたが、誘客には全く寄与しませんよね。

半鷲(はんわし) さんのコメント...

 コメントありがとうございます。ご指摘の点は東紀州に限らず全国に共通する問題だと思います。つまり「その地域や産品の魅力を住民や作り手自身が知り、自分の言葉で語れる」ことは地域振興のイロハのイで、地域資源活用とか6次産業化などがブームとなった10年前から同じようなことが言われ続けています。
 しかし、それができる地域とできない地域がある、というか、できる人とできない人がいる、ということは実に根の深い問題で、そもそも日本人の奥ゆかしさと言うか、自己アピールを本質的に嫌がる民族性と関連があるような気がします。
(ただ、このブログで書いているのは純粋に情報スキルのテクニカルなことのつもりですが。)