2016年3月6日日曜日

JR認知症事故裁判 患者の日常は

 3月2日、最高裁判所が、認知症の高齢者が徘徊中にJR東海の電車にはねられて死亡した事故(平成19年12月に発生)において、家族には監督義務や賠償責任はないとする判決を下しました。
 民法714条は、認知症のように法的な責任能力がない人が起こした損害の賠償責任は「監督義務者」が負うと定めています。認知症患者を介護している家族が監督義務者と言えるのか、そして本件では、その監督義務を怠っていたと言えるのか、の2つが大きな争点でした。
 この判決内容については、特に認知症患者の家族や介護関係者からは常識的で妥当な判決という評価が多い一方で、これから認知症の患者が激増していくことが確実な中、このような事件事故が起こった場合、社会全体で賠償を支えていく保険制度のような仕組みが急務であるとの指摘もあります。
 民法の法的な解釈については専門家によるブログなど、わかりやすい解説も多くありますのでそちらをご覧いただくとして、わしらのような一般市民にとっては、被害者の認知症がどの程度まで進行していたのか、そして家族はどの程度まで介護していたのか、が気になるところです。
 そこで、先日公開された最高裁判例の中から、事実関係の概要を抜粋してメモしておきます。家族が認知症となった経験を持つ方には身につまされるでしょうし、ここまでやっていたうえでなお賠償責任を負うとされたらかなり絶望的な気持ちになったことと思います。

・A(大正5年生)と妻(被告Y1)(大正11年生)は、昭和20年に婚姻し、4人の子がいる。このうち長男(被告Y2)とその妻(B)は、愛知県a市にあるA宅から昭和57年に横浜市に転居した。他の子らもいずれも独立している。
・Aは平成10年頃まで事業を営んでいたが、平成12年12月頃から記憶障害があらわれ、平成14年になると晩酌をしたことを忘れて何度も飲酒したり、寝る前に戸締まりをしたのに夜中に何度も戸締まりを確認したりするようになった。Y1(妻)、Y2(長男)、B(長男の妻)及びY2の妹(C)は、A宅で顔を合わせた際など折に触れて、今後のAの介護をどうするかを話し合っていた。
・しかしY1(妻)は既に80歳で、1人でAの介護をすることは困難との共通認識に基づき、介護実務に精通しているC(娘)の意見を踏まえ、B(長男の妻)が単身で横浜市からA宅の近隣に転居し、Y1(妻)によるAの介護を補助することを決めた。その後B(長男の妻)はA宅に毎日通ってAの介護をするようになり、横浜市に居住していたY2(長男)も1箇月に1、2回程度はa市で過ごすようになり、本件事故の直前時期は1箇月に3回程度週末にA宅を訪ね、BからAの状況について頻繁に報告を受けていた。
・介護保険制度を利用すべきであるとのC(娘)の意見を受け、B(長男の妻)らは、かかりつけの医師に意見書を作成してもらい、平成14年7月、Aの要介護認定の申請をした。同年8月、要介護1の認定を受け、同年11月には要介護2に変更された。
・Aの認知症は、平成14年8月頃に入院したことを機に悪化を示すようになった。Aは10月、国立中部病院(国立長寿医療センター)でアルツハイマー型認知症と診断され、月1回程度通院するとともに、平成15年3月以降、a市内の福祉施設に週6回通うようになった。
・Aが福祉施設に行かない日には、B(長男の妻)が朝からAの就寝までA宅において介護等を行っていた。Aの就寝後は、Y1(妻)がAの様子を見守るようにしていた。
・Aは平成15年頃にはY1(妻)を自分の母親と認識したり、自分の子の顔も分からなくなる見当識障害がみられるようになった。B(長男の妻)はAに外出しないように説得したが聞き入れられないため、Aの外出に付き添うようになった。平成16年2月、国立中部病院はAの認知症についておおむね中等度から重度に進んでいる旨診断した。
・平成17年8月3日早朝、Aは1人で外出して行方不明になり、A宅から徒歩20分程度の距離にあるコンビニの店長からの連絡で発見された。
・Y1(妻)は、平成18年1月頃までに、左右下肢に麻ひ等があり、起き上がり・歩行等が困難になったとして介護保険要介護1の認定を受けた。
 ・平成18年12月26日深夜、Aは1人でタクシーに乗車し、認知症に気付いた運転手によりコンビニで降ろされ、その店長の通報により警察に保護された。
・B(長男の妻)はこれらの後、勝手にAが外出した場合に備えて、警察にあらかじめ連絡先等を伝えておくとともに、Aの氏名やBの電話番号等を記載した布をAの上着等に縫い付けた。
 ・A宅には自宅玄関と事務所出入口の2つの出入口があるが、Y2(長男)は自宅玄関付近にセンサー付きチャイムを設置し、Aが通るとY1(妻)の枕元でチャイムが鳴るようにした。Y1らは、Aが外出できないように門扉に施錠したこともあったが、Aがいらだって門扉を激しく揺するなどして危険であったため、施錠は中止した。
・事務所出入口は、夜間は施錠されシャッターが下ろされていたが、日中は開放されており、以前から事務所出入口にはセンサー付きチャイムが取り付けられていたものの、これらの徘徊の後も、本件事故当日までその電源は切られたままであった。
・Aはトイレの場所を把握できずに所構わず排尿してしまうことがあり、事務所出入口から外に出て自宅玄関前の駐車スペースの排水溝に排尿することもしばしばあった。
・平成19年2月、Aは日常生活に支障を来す症状・行動が頻繁にみられ、常に介護を必要とする状態であるとして、要介護4の認定を受けた。
・Y1(妻)、Y2(長男)、B(長男の妻)及びC(AとY1の娘)は、Aを特別養護老人ホームに入所させることも検討したが、Cが「特別養護老人ホームに入所させるとAの混乱は更に悪化する。Aは家族の見守りがあれば自宅で過ごす能力を十分に保持している。特別養護老人ホームは入居希望者が非常に多く入居まで2、3年はかかる。」旨の意見を述べたこともあり、引き続きA宅で介護することに決めた。
・Aは事故当時、認知症の進行に伴って財布や金銭は身に付けていなかった。生活に必要な日常の買物はもっぱらY1(妻)とB(長男の妻)が行い、財産管理全般は専らY1が行っていた。
・事故当時、B(長男の妻)は午前7時頃にA宅に行き、Aを起こして着替えと食事をさせた後、福祉施設に通わせ、Aが福祉施設から戻った後20分程度Aの話を聞いた後、Aが居眠りを始めると、Aのいる部屋から離れて台所で家事をする日課だった。
・Aは居眠りをした後は、B(長男の妻)の声かけによって3日に1回くらい散歩し、その後、夕食をとり入浴をして就寝する生活を送っており、BはAの就寝を確認してから帰宅していた。
・本件事故日(平成19年12月7日)の午後4時30分頃、Aは福祉施設の送迎車で帰宅し、その後、事務所の椅子に腰掛け、B(長男の妻)とY1(妻)と一緒に過ごしていた。その後、Bが自宅玄関先でAが排尿した段ボール箱を片付けていたため、AとY1が事務所部分に2人きりになっていたところ、Bが事務所に戻った午後5時頃までの間に、Y1がまどろんで目を閉じている隙に、Aは事務所から1人で外出した。
・Aはa駅から列車に乗ってc駅で降り、排尿のためホーム先端のフェンス扉を開けてホーム下に下りた。そして、午後5時47分頃、c駅構内において本件列車衝突事故が発生した。

(以上は、裁判所ホームページからの判決文内容をはんわしが抜粋したものです。文責ははんわしにあります。)

■最高裁判例 平成26(受)1434  損害賠償請求事件 (リンクはこちら

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