2016年3月7日月曜日

近づかせない、という落としどころ

 最近どことなく春めいてきて、散歩が楽しい季節になってきました。オッサン丸出しですが。
 ありがたいことに、伊勢とか鳥羽はたいへん景色がきれいなところで、小一時間散歩するのにふさわしい場所がたくさんあって、江戸時代から続く古典的な名勝である「二見浦」も代表的な散歩スポットの一つです。


 ちょうど「おひなさまめぐり in 二見」の最終日で、建ち並ぶ古い立派な木造旅館や昔ながらの土産物屋さんの軒先に、自慢のおひなさまが並べられているのを、たくさんの散策客が巡っていました。
 で、この写真で言うと右側の路地を入ると、すぐに海があるので、そっちのほうも散歩してみることにしました。


 二見浦は遠浅の砂浜で、明治18年に国家公認の「海水浴場」(当時は「浴潮場」と呼ばれた)が日本で初めて設けられたところでもあります。
 夫婦岩で有名な二見興玉神社のあたりから約1kmにわたって松林が続いており、まさに白砂青松の景色です。


 しかし、近年、全国各地と同様、海岸の浸食がはげしく進んでおり、伊勢湾台風直後に改修されたというコンクリート堤防も老朽化が目立ってきていました。
 そこで、数年前から三重県が海岸浸食対策事業として堤防の補強と養浜に大規模に取り組み、工事の進捗に伴って水際のあたりの光景もどんどん変わっていきました。

 わしはほぼ半年ぶりにここへ来たのですが、工事の最盛期にはたくさん見かけた浚渫船とかクレーン船は姿を消しており、海岸側に階段状にせり出した新しい堤防と、やはり何百メートルかは幅がありそうな新しい広い砂浜ができあがっていました。


 年輩の人からは、かつてのものすごく広かったころの(引き潮の時は旅館街のあたりから渚まで500mくらいあったとか)二見浦の話は聞いたことがあるのですが、わしはもちろんその頃のことは知りませんので、かつてはこのようだったにせよ、個人的にはかなり目新しい光景です。
 改修以前は、ちょっと波が強い日には波しぶきが堤防の上にまで打ち上がってくるような状況でしたから、防災上も海岸保全上も、大変心強くなったと言えるでしょう。

 しかし、同時に驚いたこともあります。
 新しい堤防は砂浜に通じる何カ所かを除いて、延々と高さ1.5mほどのフェンスが設けられており、水際に降りていくことができないのです。



 フェンス部分は堤防の直下が石垣なので、釣り客や子どもでも降りて行って、隙間にはまり込んだら大変だということかもしれません。50m置きぐらいに「立入禁止」という標識も付けられています。
 改修前の堤防にはこのようなフェンスはもちろんなかったので少々戸惑いました。フェンスがないから誰かが海に落ちたという話も聞いたことがありません。

 これが良いか悪いかは難しいところです。海岸は自由使用が原則で、国民誰もが本来は自由に使える(泳ごうと釣りをしようと)はずで、その責任もその人自身が負います。
 しかし実際には事故が起こった時に公物管理者(国とか県とか)は厳しく責任が問われるので、一番合理的な結論は、「その場所に近づかせない」ということになります。

 一方で、あまり危ない危ないと言いすぎると、国民、特に子供たちは海岸そのものへの関心がなくなってしまいます。誰かが管理している、公園のような、プールのような海岸が自然のものだと思い込んでしまい、余計に危険に鈍感になる可能性も生まれます。
 上述のように、二見浦は日本初の海水浴場であり、明治以前は伊勢神宮参拝の前に潮水に浸って穢れを落とす「垢離」(こり)の場としてにぎわってきたわけです。
 このような歴史とフェンスはいわば矛盾した光景です。
 海岸管理者にとっては背に腹は代えられず、観光業者や地元住民は別にそんなものに感慨はないという、両者の折り合い点がこの光景ということなのでしょう。

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